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湖水の女
こすいのおんな
作品ID1528
著者鈴木 三重吉
文字遣い新字新仮名
底本 「鈴木三重吉童話集」 岩波文庫、岩波書店
1996(平成8)年11月18日
初出「湖水の女」春陽堂、1916(大正5)年12月
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-05-23 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 むかしむかし、或山の上にさびしい湖水がありました。その近くの村にギンという若ものが母親と二人でくらしていました。
 或日ギンが、湖水のそばへ牛をつれていって、草を食べさせていますと、じきそばの水の中に、若い女の人が一人、ふうわりと立って、金の櫛で、しずかに髪をすいていました。下にはその顔が鏡にうつしたように、くっきりと水にうつッていました。それはそれは何とも言いようのない、うつくしい女でした。
 ギンはしばらく立って見つめていました。そのうちに、何だか、じぶんのもっている、大麦でこしらえたパンとバタを、その女の人にやりたくなって、そっと、岸へ下りていきました。
 女は間もなく、髪をすいてしまって、すらすらとこちらへ歩いて来ました。ギンはだまってパンとバタをさし出しました。女はそれを見ると顔をふって、
「かさかさのパンをもった人よ、
 私はめったに、つかまりはしませんよ。」
と言うなり、すらりと水の下へもぐってしまいました。
 ギンは、がっかりして、牛をつれてしおしおと家へかえりました。そして、母親にすべてのことを話しました。母親は女の言った言葉をいろいろに考えて、
「やっぱり、かさかさのパンではいやなのだろう。今度は焼かないパンをもってお出でよ。」と、おしえました。それでギンは、そのあくる日は、パン粉の、こねたばかりで焼かないままのをもって、まだ日も出ない先に、いそいで湖水へ出かけました。
 そのうちに日が山の上へ出て、だんだんに空へ上っていきました。ギンはそれからお午じぶんまで、じっと岸にまっていました。しかし湖水にはただ黄色い日の光がきらきらするばかりで、昨日の女の人はいつまでたっても出て来ませんでした。
 それからとうとう夕方になりました。ギンはもうあきらめて家へかえろうともしました。
 するとちょうどそこへ、夕日をうけた水の下から女の人がやっと出て来ました。見ると昨日よりも、もっともっとうつくしい人になっていました。ギンは、うれしさのあまりに口がきけなくて、だまってパン粉のこねたのをさし出しました。すると女はやっぱり顔をふって、
「しめったパンをもった人よ、
 私はあなたのところへはいきたくはありません。」
 こう言って、やさしくほほえんだと思うと、またそれなり水の下へかくれてしまいました。ギンはしかたなしにとぼとぼお家へかえりました。
 母親はその話を聞くと、
「それではかたいパンもやわらかいパンもいやだというのだから、今度は半焼にしたのをもっていってごらんよ。」と言いました。
 その晩ギンはちっとも寝ないで、夜が明けるのをまっていました。そしてやっとのこと空があかるくなると、いそいで湖水へ出ていきました。すると、間もなく雨がふって来ました。ギンはびっしょりになったまま、また夕方まで立っていました。けれども女の人はちょっとも出…

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