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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID1550
副題05 その頃の床屋と湯屋のはなし
05 そのころのとこやとゆやのはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者山田芳美
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-02-24 / 2016-01-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 床屋の話が出たついで故、ちょっと話しましょう。当時の髪結床は、今のように小ざっぱりしたものではなく、特にこういう源空寺門前といったような場末では、そりゃ、じじむさいものでした。
 源空寺門前という一町内には、床屋が一軒、湯屋が一軒、そば屋が一軒というようにチャンと数が制限され、その町内の人がそのお華客で、何もかも一町内で事が運んだようなものであります。で、次の町内のものが、その床屋へ飛び込むと、変な顔をして謝絶ったりしたものです。
 床屋はちょっと今のクラブのような形で、一町内の寄り合い所なり遊び場でありました。
 床屋の主人は何んでも世話を焼いて、此所で話が決まるという風。お祭礼の相談、婚礼の話――夫婦別れの悶着、そんなことに床屋の主人は主となって口を利いたものです。
 床屋は土間で、穴の明いた腰かけの板に客が掛け、床屋は後に廻って仕事をする。側に鬢盥というものがあって、チョイチョイ水をつけ、一方の壁には鬢附け油が堅いのと軟かいのとを板に附けてある。客は毛受けという地紙なりの小板を胸の所へ捧げ、月代を剃ると、それを下で受けるという風で、今と反対に通りの方へ客は向いていた。
 夜分は土間から、一本の木製の明り台が立っていて燈心の火が細く点されていた。でも、結構、それで仕事は出来たもの。すべて何店によらず、小さな行燈一つを店先に置いて、それで店の人の顔も見えれば、書き附けの字も見えたものだ。明るさにおいても、ちっとも今とは違いはしなかった。燈火が明るくなればなるほど、人間の眼が暗くなるので、昔はそれでよかったものです。

 湯屋では、八ケンというものが男湯と女湯との真ん中に点いていた。柘榴口を潜って這入るのです。……柘榴口というのは、妙な言葉だが、昔から、鏡磨ぎ師は柘榴の実を使用ったもの、古い絵草子などにも鏡研ぎの側には柘榴の実がよく描いてある……でその名の意は、屈み入る(鏡入る)の洒落から来たもの、……むかしはすべてこう雅なことをいったものです。
 床屋は大人が三十二文、子供は二十四文、湯屋は八文であった。



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