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春の枯葉
はるのかれは
著者太宰 治
文字遣い新字新仮名
底本 「太宰治全集8」 ちくま文庫、筑摩書房
1989(平成元)年4月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2005-02-12 / 2014-09-18
長さの目安約 49 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人物。

野中弥一 国民学校教師、三十六歳。
節子   その妻、三十一歳。
しづ   節子の生母、五十四歳。
奥田義雄 国民学校教師、野中の宅に同居す、二十八歳。
菊代   義雄の妹、二十三歳。
その他  学童数名。

 所。
津軽半島、海岸の僻村。

 時。
昭和二十一年、四月。


[#改ページ]



     第一場

舞台は、村の国民学校の一教室。放課後、午後四時頃。正面は教壇、その前方に生徒の机、椅子二、三十。下手のガラス戸から、斜陽がさし込んでいる。上手も、ガラス戸。それから、出入口。その外は廊下。廊下のガラス戸から海が見える。
全校生徒、百五十人くらいの学校の気持。

正面の黒板には、次のような文字が乱雑に、秩序無く書き散らされ、ぐいと消したところなどもあるが、だいたい読める。授業中に教師野中が書いて、そのままになっているという気持。
その文字とは、
「四等国。北海道、本州、四国、九州。四島国。春が来た。滅亡か独立か。光は東北から。東北の保守性。保守と封建。インフレーション。政治と経済。闇。国民相互の信頼。道徳。文化。デモクラシー。議会。選挙権。愛。師弟。ヨイコ。良心。学問。勉強と農耕。海の幸。」
等である。

幕あく。

舞台しばらく空虚。

突然、荒い足音がして、「叱るんじゃない。聞きたい事があるんだ。泣かなくてもいい。」などという声と共に、上手のドアをあけ、国民学校教師、野中弥一が、ひとりの泣きじゃくっている学童を引きずり、登場。

(野中)(蒼ざめた顔に無理に微笑を浮べ)何も、叱るんじゃないのだ。なんだいお前は、もう高等科二年にもなったくせに、そんなに泣いて、みっともないぞ。さあ、ちゃんと、涙を拭け。(野中自身の腰にさげてあるタオルを、学童に手渡す)
(学童)(素直にタオルで涙を拭く)
(野中)(そのタオルを学童から取って、また自分の腰にさげ)よし、さあ歌ってごらん。叱りやしない。決して叱らないから、いまお前たちが、あの、外のグランドで一緒に歌っていた唱歌を、ここで歌ってごらん。低い声でかまわないから、歌ってごらん。叱るんじゃないんだよ。先生は、あの歌を、ところどころ忘れたのでね、お前からいま教えてもらおうと思っているのだ。それだけなんだから、安心して、さあ、ひとつ男らしく、歌って聞かせてくれ。(言いながら、最前列の学童用の椅子に腰をおろす。つまり観客に対しては、うしろ向きになる)

学童は、観客に対して正面を向き、気を附けの姿勢を執り、眼をつぶって、低く歌う。

はる、こうろうの花のえん、
めぐるさかずき、影さして、
ちよの松がえ、わけいでし、
むかしの光、いまいずこ。

(学童)(歌い終ってうつむく)
(野中)(机に頬杖をつき)ありがとう。いや、先生はね、お前たちも知っているように、唱歌はあまり得意でないのでね、その歌も、うろ覚…

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