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碧眼托鉢
へきがんたくはつ |
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作品ID | 1588 |
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副題 | ――馬をさへ眺むる雪の朝かな―― ――うまをさえながむるゆきのあしたかな―― |
著者 | 太宰 治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「太宰治全集10」 ちくま文庫、筑摩書房 1989(平成元)年6月27日 |
初出 | ボオドレエルに就いて「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>ブルジョア芸術に於ける運命「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>定理「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが終生の祈願「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが友「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>フィリップの骨格に就いて「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>或るひとりの男の精進について「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>生きて行く力「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが唯一のおののき「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>マンネリズム「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>作家は小説を書かなければいけない「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>挨拶「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>立派ということに就いて「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日<br>Confiteor「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日<br>頽廃の児、自然の児「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2005-04-24 / 2016-07-12 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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ボオドレエルに就いて
「ボオドレエルに就いて二三枚書く。」
と、こともなげに人々に告げて歩いた。それは、私にとって、ボオドレエルに向っての言葉なき、死ぬるまでの執拗な抵抗のつもりであった。かかる終局の告白を口の端に出しては、もはや、私、かれに就いてなんの書くことがあろう。私の文学生活の始めから、おそらくはまた終りまで、ボオドレエルにだけ、ただ、かれにだけ、聞えよがしの独白をしていたのではないのか。
「いま、日本に、二十七八歳のボオドレエルが生きていたら。」
私をして生き残させて居るただ一つの言葉である。
なお、深く知らむと欲せば、読者、まず、私の作品の全部を読まなければいけない。再び絶対の沈黙をまもる。逃げない。
ブルジョア芸術に於ける運命
百姓、職工の芸術。私はそれを見たことがない。シャルル・ルイ・フィリップ。彼が私を震駭させただけである。私は、否、人々は、あらゆるクラスの芸術を、ふくめて、芸術と言っているようである。つぎの言葉が、成り立つ。「それを創る芸術家に、金が、あればあるほど、佳い。さもなくば商才、人に倍してすぐれ、(恥ずべきことに非ず。)画料、稿料、ひとより図抜けて高く売りつけ、豊潤なる精進をこそすべき也。これ、しかしながら、天賦の長者のそれに比し、かならず、第二流なり。」
定理
苦しみ多ければ、それだけ、報いられるところ少し。
わが終生の祈願
天にもとどろきわたるほどの、明朗きわまりなき出世美談を、一篇だけ書くこと。
わが友
ひとこと口走ったが最後、この世の中から、完全に、葬り去られる。そんな胸の奥の奥にしまっている秘密を、君は、三つか四つ――筈である。
憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥
「日本浪曼派」十一月号所載、北村謙次郎の創作、「終日。」絶対の沈黙。うごかぬ庭石。あかあかと日はつれなくも秋の風。あは、ひとり行く。以上の私の言葉にからまる、或る一すじの想念に心うごかされたる者、かならず、「終日。」を読むべし。私、かれの本の出版を待つこと、切。
フィリップの骨格に就いて
淀野隆三、かれの訳したる、フィリップ短篇集、「小さき町にて。」一冊を送ってくれた。私、先月、小説集は誰のものでも一切、読みたくなかった。田中寛二の、Man and Apes. 真宗在家勤行集。馬鹿と面罵するより他に仕様のなかった男、エリオットの、文学論集をわざと骨折って読み、伊東静雄の詩集、「わがひとに与ふる哀歌。」を保田与重郎が送ってくれ、わがひととは、私のことだときめて再読、そのほか、ダヴィンチ、ミケランジェロの評伝、おのおの一冊、ミケランジェロは再読、生田長江のエッセイ集。以上が先月のまとまった読書の全部である。ほかに、純文芸冊子を十冊ほど読んだ。今月、そろそろ…