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つぼみ
つぼみ
作品ID15939
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十八巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年11月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-09-05 / 2014-09-21
長さの目安約 45 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     処女の死と赤い提灯

 まだ二十を二つ越したばかりの若い処女が死んだ、弱い体で長い間肺が悪かっただけその短い生涯も清いものだった。「お気の毒様な――この間はおくさんを今度は御嬢さんを――ほんとうに旦那様も御可哀そうな、さぞ御力おとしでいらっしゃるでしょう」人は皆んなこんな事を云って居る。家の中はそう云う時に有り勝な一種何とも云い様のない寂しさがみちて居るけれ共そのしずかな部屋のまどの外はもう気の狂った様なにぎやかさである。根津さんと白山さまの御祭り、この二つの人気をうきうきさせる事が重なった時に――若い男の頬が酒でうす赤くなり娘の頸が白くなった時にこの処女は死んで行った。冷たい気高い様な様子でねて居る処女の体の囲りにはいろんな下らない、いかにも人間の出しそうな音がみちて居る。部屋のすぐ後には馬鹿ばやしの舞台が立って居る。たるんだブロブロ声で笑いながら紙のあおる音の様なテカテカテカをやって居る男や、万燈をかついで走り廻って居る男やはそんな事は一寸も知らずに――又知って居てもすっかり忘れて狂いまわって居る。家並につるしてある赤い提灯の光、ひっきりなしにつづく下駄の音、笑い声かけ声がしずかな部屋の中におしよせて来るのを、中に居る人達は大変におそれる様に、どうにかしてふせぎたい様な気持でかたくなって頭っからおさえつけられて居る様な気のして居た。まどもしめ、戸もとじ処女の床のまわりには屏風も立ててなるたけその音の入り込まない様にとして居ても目に見えないすき間から入って来る。音や光りは今にもしずかにして居る処女の体をうごかせて目をつぶったまんま浮れ出させやしまいかと思われた。誰の頭の中にも斯うした思は満ちて居た、人達は時々のぞく様にその着物のはじをのぞいて、して置いたまんま一寸も動いて居ないのを見ては小さな溜息をつきながら安心して居た。テカテカテカテカ……処女がうす青い唇をふるわせる音の様に思われた。フラフラゆれまたたいて居る赤い灯、恋を知らずに逝った霊の色の様に見られた。
 人間の力ではかり知る事の出来ない何かが目の前におっこちて来るんじゃああるまいかと思われて人達の目は屏風の中を見つめながらふるえて光って居る。いろんな事は段々はげしくすべり込んで来る。赤黄いローソクの灯の上で白い着物の人間が青いかおを半分だけ赤くして狂って居る様子、白粉をぬった娘や若い男の間を音もなくすりぬけすりぬけ歩いて居る青白く光る霊、いくら目をつぶっても話をしても思い出された。人達は気の狂ったあばれ様をするものを引きとめる様にひやりと引しまったかおをして処女の床のわきにいざりよった。意志悪くさわぎはますます沢山すべり込んで来る。処女の体をおさえて居なくっちゃあ安心が出来ないほど不安心になって来た人達はお互に顔を見合わせてはその目の中にうかんで居る何と云っていいか分らないほどの恐ろしそ…

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