えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
書斎を中心にした家
しょさいをちゅうしんにしたいえ |
|
作品ID | 15954 |
---|---|
著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社 1986(昭和61)年3月20日 |
初出 | 「住宅」住宅改良会、1922(大正11)年9月号 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2007-12-27 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
我々のように、二人とも机に向って仕事をする者は、若し理想を実現し得るなら、先ず静かなよい書斎を持ちたいのが希望です。
何も、壮麗でなく、材料が素晴らしいのではなくてよいから、各自の性格と、仕事の種類とに適応した勉強部屋が欲しい。一日の中、大部分は、其部屋の中に生活するのですから、客間、食堂、寝室などと云うものは、皆、勉強部屋での、深い緊張を緩める処、やや疲れた頭の慰安処として、考案されなければならないのです。
私は、直射する東や南の光線は大嫌いですから――少くとも勉強する時は――書斎は、北向でありたい。広い弓形の窓をとり、勿論洋風で、周囲にがっしりした木組みの書棚。壁は暗緑色の壁紙、天井壁の上部は純白、入口は小さくし、一歩其中に踏入ると、静かな光線や、落付いた家具の感じが、すっかり心を鎮め、大きく広い机の上の原稿紙が、自ら心を牽きつけ招くようにありたい。
壁に少し、愛する絵をかけ、ゆっくりと体をのばして考えに耽られる長椅子があり、一隅にピアノがあれば、私はすっかり満足するでしょう。
附属部屋のようにし、重い垂帳で区切った小寝室が作られるのもよかろうと思います。私の寝起きは、不規則になり勝ちなので、疲れて居る者の邪魔をするのは気の毒であり、気兼ねをするのも、時には不自由に感じますから。
寝室は、寝台(形は単純で、マットレス丈はよいの)、低いゆったりと鏡のついた化粧台。衣裳箪笥。壁はどんな色がよいか。此と云う思いつきもありませんけれども、置電燈丈で室内を照した時、そのシェードの色調によって、全体が、穏やかな、柔かい感じとなるものがよいでしょう。
寝室だけは、絶対に朝、明けないうちから戸外の日光が入らなくしとうございます。眩しくて眼のさめるようなのは全く頭に悪いと思います。
書斎は、何処やらどっしりしたのが好きですけれども、客間食堂は、真個にくつろいだ、愉快な処にしたく思います。
気取って、金縁の椅子等を置いたのではなく、大きなやや古風なファイア・プレースでもあり、埋まってしまうような大椅子、長椅子があり、気持のよい出窓の下の作りつけ腰掛。ヴェランダ。片隅の便利な茶卓子。床の上には色の凝ったカーペット二つ三つ。
入った時、改って体が真直になるような感じでなく吻っと安らかになり、先ずぽっくりと腰を下ろして、呑気に雑談でも出来るようにありたく思います。
食堂との境は、左右に開く木扉で区切っても、単に大きい帳を用ってもよいでしょう。
此処にこそ、朝から、朗らかな日が流れ入って欲しく思います。円い五六人坐れる卓子、高くなく下った家庭的なダイニングルーム・ランプ。綺麗な花。軽快な小枝模様でもさっぱりと出した壁の前には、単純で、細工は確かなカップボールド、サービング・チェスト。
台所との間には、どんなに小さくても配膳室があった方がよろしいでしょ…