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二つの短い話
ふたつのみじかいはなし |
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作品ID | 15959 |
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著者 | ケネディ パトリック Ⓦ / ハイド ダグラス Ⓦ |
翻訳者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社 1986(昭和61)年3月20日 |
初出 | 「週刊朝日」1924(大正13)年4月20日号 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2007-10-07 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 10 ページ(500字/頁で計算) |
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笛吹きとプカ
昔、ガルウェーのダンモーアと云う処に一人の半馬鹿がいました。彼はひどく音楽が好きでしたが、たった一つの節しか覚えることが出来ませんでした。その一つの節は「黒坊のいたずら小僧」と云うのでした。
村の人達は彼をからかって遊ぶのが好きでしたから、半馬鹿はよく皆から沢山のお金を貰いました。或る晩、この半馬鹿の笛吹きは舞踏のあった家から自分の家に帰ろうとしていました。彼は少し酒に酔っていました。そしてお母さんの家へ来る道の小さな橋の処まで来かかると、彼は笛をしめして「黒坊のいたずら小僧」を吹き始めました。すると、プカという魔物が彼の後に来ていきなり彼を自分の背中に背負い上げて仕舞いました。プカの頭には長い角が生えていました。驚いた笛吹きは確かり其角につかまり、さてプカに向って云いました。
「獣奴! 消えてなくなれ! 俺を家へ帰しておくれよ。私は阿母さんにやるお金を十片ポケットに持っている。阿母さんは[#挿絵]煙草が欲しいんだからさ」
「阿母さんなんか如何でもいい」とプカが返事をしました。
「だが確かりつかまっていろ。落ちるとお前の頸の骨と大事な笛が折れて仕舞うぞ」
そして、又云うには
「私にシャン [#挿絵]ン、ヴォクトを吹いてきかせてお呉れ」
笛吹きは
「俺そんなの知らないよ」
と云いました。
「知ろうが知るまいがかまわない。吹きなさい。私が教えてやる」
そこで笛吹きは笛の袋に風を入れ、自分で喫驚する程立派な音楽を奏しました。
「さてさてお前は偉い音楽の先生だ」
笛吹きはプカに申しました。
「けれども一体何処へ私を背負って行こうと云うのかい?」
「今夜パトリック山の頂上でバンシー達の家に大宴会がある。私は其処へお前を連れて行って音楽をやらせようと云うのだ。安心しろ、お礼はきっと貰えるから」
「ほほう! じゃあお前は、私が一つ旅行をしないですむように仕てくれるんだね」
笛吹きは嬉しそうに云いました。
「あのね、俺がね、先の祭の時教父の処から白い雄鵞鳥を一羽盗んだもんで、罰に教父がパトリック山迄行って来いって云ったのだよ」
プカは、半馬鹿の笛吹きを背負ったまま丘越え、沼踰え、荒地を駆けて、到頭パトリック山の頂上迄彼をつれて行きました。頂上に着くと、プカは足で三度地面を踏み鳴らしました。すると、地面に大きな戸が開き、其を抜けると二人は一つの綺麗な部屋に入りました。
見ると、部屋の真中には大きな黄金の卓子があり、其囲りに幾百人か数え切れない程沢山のお婆さんが坐っています。プカと笛吹きとが入って行くとお婆さん達は立ち上り
「これはこれは、まあよく来なさった、十一月のプカさん。お前さんのつれて来たのは何者です?」
と訊きました。
プカは答えました。
「アイルランドで一番上手な笛吹きです」
お婆さんの一人が床を一遍踏み鳴らしたら、壁に一つの戸…