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共産党公判を傍聴して
きょうさんとうこうはんをぼうちょうして
作品ID15974
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日
初出「働く婦人」日本プロレタリア文化連盟、1932(昭和7)年4月号
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-10-13 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 三月十五日は三・一五の記念日だから共産党の公判を傍聴に行こうとお友達○○○さんに誘われました。わたしはこれまで新聞で公判のことをときどき読んでいましたが、どうもよく本当の様子が分りませんでした。正直に云うとこわいもの見たさのような気もあって○○○さんと一緒に東京地方裁判所へ出かけました。
 分りにくい建物の細い横のようなところから廊下をとおって、先ず公衆待合室というところへ行きました。外見は立派な役所に似ず薄暗いきたないところに床几が並んでいます。そこにもう二十人近い男女のひとが来ていましたが、初めてこういうところへ来て私が珍しく感じたことは、来ている人の多くが元気な眼つきをして互に挨拶したり話しをしたりして、ちっとも普通に裁判所と云うおっかないところに来ているようでもなくのびのびしていることでした。私は馴れないからショールを手にもって立っていたら○○○さんが「こっちで傍聴券貰いましょう」というのでついて行くと、又妙な階子段をのぼって、行けそうにもない衝立のすき間のようなところを抜けて、今度は石敷の大階段のある広いところへ出ました。そのガランとした廊下にテーブルを出して二人の巡査の見張っているところで傍聴券を貰いました。何にもききません。右手に証人の控室というのがあって、そこに、さっき薄暗い控室にいたひともやがて来ました。○○○さんが私に「ちょっとあれが渡政のおかあさんよ」というのを見ると風邪でもひいているのでしょう、のどを白い布でまき、縞の着物を着た半白の五十越したおばさんが、蒼白いけれどそれは晴れやかな若々しい様子で隣の、これもなかなかしゃんとした小母さんと話しています。やや乱れかかった白髪と、確かり大きい口元や体のこなしに漂っている若々しさとの対照が、つよく私の眼にのこりました。
 やがて巡査が入って来て、小さく切った紙を一枚ずつそこにいる人々にくばって歩きました。その紙に住所姓名職業年などを書くのだそうです。○○○さんが帯の間にはさんで持って来ていた鉛筆でそれぞれ書き込み、職業というところでゆきつまりました。失業中なのです、(何と書こうかしら)と云ったら○○○さんが「失業と書きなさいよ。貴女がわるいんじゃあるまいし」と云うので、失業と書きました。さっき紙をわけた巡査がその紙をうけとって書いてあることをよんでから、「一寸立って下さい」と云い、立つと袂をいじったり、帯をなでたりして軽く身体検査をやります。若い男のひとが鳥打帽をかぶっていたら、それをぬがせて、手の中に揉んでしらべました。
 その室から今度は大階段に向っての廊下にみんな二列に立ちました。そして、病院の廊下のような感じのあるところから公判廷に入りました。
 私は、これまでこんな熱心さで振りかえっているいくつもの人々の顔というものは見たことがありません。党員たちは裁判官の並んでいる下のところに…

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