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同じ娘でも
おなじむすめでも
作品ID16003
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-03-27 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「御隠居様よ、又お清が来ましたぞえ何なりと買ってやりなんしょ」と頬を赤くして火を吹いて居下女の正は台所から声をかけた。「そうかえ」と云いながら茶の間から出ていらっしゃったお祖母様は、玉の大きいがんこな目がねを片ににぎったまま中の [#「 」は欠字]に行らっしゃる。私も何かと思ってそっと後からついて行って肩越にのぞくと年は私と同じぐらい、うすよごれた袷を着て去年の盆にかってもらったらしい下駄をはいて片手に包をさげたままではずかしそうに青い顔の頬のあたりをうすくれなにそめてうなだれて立って居る。お祖母様は「遠慮しないでもいいよ、そこにおかけ今日は何を持って来たかえ」とおっしゃると娘はだまったままで包を開くとライオンのふる箱の中に少し許の巻紙と筆と封筒が入って居た。「今日はもうこれ丈うれたのかい」とおっしゃるとだまったままでうなずいて一寸私の顔をぬすみ見てはよれよれになった袂の先をいじって居る。お祖母様は水色の封筒を四つと三本筆を一つ、細巻の状紙を一つ取って「いくらだい」とおっしゃると土間の石ころを見つめながら「二十六銭」ききとれないような小さい声である。「硯の引出しから三十銭出しておつりはいいよ」と云って茶の間にお入りになると娘は中みのえった包を小わきにかかえて丁寧なおじぎをして出て行った。「お祖母様今の娘どうしたの」と早速うかがわずにはいられなかった。お祖母様は「今の娘はねー、お前なんぞ夢にも見た事のない苦しい思をして居るんだよ、あの子のお父さんと云うのは村で評判の呑ん平で一日に一升びんを三本からにすると云うごうのものなんだよ、それでおまけに大のずる助で実の子のあのお清に物をうらせて自分は朝から晩まで酒をあびて居てさ、にくらしいにもほうずがあるじゃあないかねい、娘にそんな苦しい思いをさしておいてうれ高が少いと打ったり、けったりするんだと、もとはそれでもそうとうに暮して居たんだがきりょうのぞみでもらった後妻が我ままでさんざん金をまいたあげくにさとに逃げて行ったんだものだからやけ半分でよけいにひどくなったんだよ」とここまでおっしゃって一寸煙草を一服なさる。こんないいやさしいお祖母様が長いきせるで煙草をのんで紫のけむりをわに吹いていらっしゃる所はあんまりにつかわしくないと思って紫のけむりの行方を見つめて娘の様子を思い出して居ると「それであんまり娘も可哀そうだから初めのうちこそ意けんもして見たが四十を越えた男のやけはもうなおるものでないと村のものももう意けんはしないが娘が可哀そうだからいらないものでも持って来れば十銭や十五銭はきっとかってやるのさ」とおっしゃって「ほんとに可哀そうにねー」とつけたしをなさる。「ほんとにまあ、可哀そうだ事、それにずいぶんなお父さんですこと」とお話が終ると一所に私の口からすべり出した。「家はどこですか」「あの一番池の北の堤の下の松林のわきに…

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