えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
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![]() たんかしゅうさく |
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作品ID | 16010 |
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著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社 1986(昭和61)年3月20日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2008-03-31 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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涙ぐみてうるむ瞳を足元に
なぐれば小石うち笑みてあり
かんしやくを起しゝあとの淋しさに
澄む大空をツク/″\と見る
ものたらぬ頬を舌にてふくらませ
瓦ころがる抜け歯の音きく
うすらさむき秋の暮方なげやりに
氷をかめば悲の湧く
角砂糖のくずるゝ音をそときけば
若き心はうす笑する
首人形遠き京なるおもちや屋の
店より我にとつぎ出しかな
はにかみてうす笑する我よめは
孔雀の羽かげ髷のみを出す
物語り思ひ出つゝ我髪を
切りて作りぬ細き指環を
生れ出て始めてふるゝ三味の糸
うす黄の色のなつかしきかな
調子なき思のまゝをかきならす
ざれたる心我はうれしき
そぼぬれし雄鳥のふと身ぶるひて
空を見あぐる秋雨の日よ
秋の日をホロ/\と散る病葉の
たゞその名のみなつかしきかな
気まぐれに紅の小布をはぬひつゝ
お染を思ふうす青き日よ
泣きつかれうるむ乙女の瞳の如し
はかなく光る樫の落葉よ
蛇の目傘塗りし足駄の様もよし
たゞ助六と云ふさへよければ
助六の紅の襦袢はなつかしや
水色の衿かゝりてあれば
真夜中の鏡の中に我見れば
暗きかげより呪湧く如
呪はれて呪ひて見たき我思ひ
物語りめく折もあるかと
紫陽花のあせたる花に歌書きて
送りても見んさめたる心
カサ/\と落葉ふみつゝ思ひ見る
暗き中なる白き芽生へよ
我部屋の天井にある雨のしみ
磐若のかほの恐ろしきかな
何高が雨のしみとは思へども
頭の真上にあるが恐ろし
幼き日ざれ書したる片わきに
ペン/\草は押してありけり
色あせてみにくき花となりしかど
萩と云う名のすてがたきかな
雨晴れし後の雨だれきゝてあれば
かしらおのづとうなだるゝかな
ぜんまひの小毬をかゞる我指を
見れば鹿の子を髪にのせたや
夜々ごとに来し豆売りは来ずなりぬ
妻めとりぬと人の云ひたり
意志悪な小姑の如シク/\と
いたむ虫歯に我はなやめり
亡き人のたまを迎へて鳴くと云ふ
犬の遠吠我はおびへぬ
あるまゝにうつす鏡のにくらしき
片頬ふくれしかほをのぞけば
ひな勇を思ひ出して
ソトなでゝ涙ぐみけり青貝の
螺鈿の小箱光る悲しみ
紫のふくさに包み花道で
もらひし小箱今はかたみよ
振長き京の舞子の口紅の
うつりし扇なつかしきかな
姉妹の様やと云はれ喜びし
京の舞子のひな勇と我れ
紫陽花のあせそむる頃別れ来て
迎へし秋のかなしかりしよ
たゞ一人はかなく逝きしひな勇は
いまはのきはに我名呼びきと
我名をば呼びきと低うくり返せば
まぶたのうらは熱くなり行く
思ひ出でゝひな勇はんと低うよべば
白粉の香のにほふ心地す
いつの世にか又めぐり会ふ折もあるかと
螺鈿小箱を秘めておきけり