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作品ID | 16014 |
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著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社 1986(昭和61)年3月20日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2008-03-27 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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今消したばっかりの蝋燭の香りが高く室に満ちて居る。
其中に座って一人ぽつねんと私は或る一人の友達の事を思って居る。
其の人の名はM子と云う。
年は私とそう違わない。
大柄な背の高い髪の毛の大変良い人だけれ共色の黒いのが欠点だと皆知ってるものが云って居る。
面長な極く古典的な面立がすっかりその性質を表わして居る。
ほんとうのフトした事から交際しはじめてもう六年ほどにもなる今日、昔よりも尚親しい感情がお互の心に通って居る。
友達などと云うものは大業に紹介されたりなんかしたよりも何時と云う事はなしに親しくなった人同志の方が久しく一致して居られるものだと見える。
M子も私も小さい時に一つの学校に居た。
丁度その学校を出ようとする前の年頃から年よりは早熟て居た私は、仲間とすっかり違った頭になって居たので親しい人も出来ずジイッと一つ事を思いふけったり、小供小供した事をしてさわいで居る仲間の者達の幼げな様子と自分の心を引きくらべて見たりして居た。皆は私を変り者あつかいにしたし、自分も亦、その人達の群からは「変り物」になる事を欲して居た。
何でも秋であった。
私は少しほか人の居ない静かな放課後の校庭の隅に有る丸太落しの上に腰をかけて膝の上に両手を立ててその上に頬をのせて、黄色になって落ちた藤の葉や桜の葉を見つめて居た。
その時私は菊の大模様のついた渋い好いメリンスの袷を着て居たと覚えて居る。
そうして静かな中にじいっと一つ物を見つめて居る事は今になってさえ止まない私の気持の良い胸のときめく様な気のする事である。
私はややしばらくの間、そうやって居た。
胸の中には何とも云い知れぬ喜びと平和な思いが満ち満ちて人が見たら変だろうと思われる微笑を唇に浮べながら地面を見て静かに藤棚の下を歩き廻って居た。
それまで一寸も気のつかないで居た事だけれ共さっきまで私の居たすぐわきに下の級のものが五六人かたまって低い声で何か話して居るのに気がついた。
その中で一番背の高い黒っぽい長い髪を房々とさげた人が気になる様に時々私の方を見ては何か云いたい様な様子をする。
私は直覚的に若しやあの人が「Aさん」と云われて居る人じゃああるまいかと思った。
私の下の級で「Aさん」は文章達者な人だと云う事が話に出た事があるし又その文章を見せてもらった事も有ったが、色の淡い、おっとりした淋しい筆つきの人だと云う事だけは知って居たけれ共顔は知らなかった。
私はきっと彼の人だと思った。
どうしても聞かずには置けない様な気がして傍に居る眼のギロリとした、いやな声を出す人に、
「Aさんって云うのはどんな方?」
ってきいた。
その人は変に笑いながら、
「そらその方
と私のそうだろうと思って居た人を指さした。
教えてもらって別に口を利くでもなくお互に悲しい様な笑をなげ合ってその日…