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荷花公主
かかこうしゅ
作品ID1642
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中国の怪談(二)」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年8月4日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-12-03 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 南昌に彭徳孚という秀才があった。色の白い面長な顔をした男であったが、ある時、銭塘にいる友人を訪ねて行って、昭慶寺という寺へ下宿していた。
 その彭は、ある日西湖の縁を歩いていた。それは夏の夕方のことで、水の中では葉を捲いていた蓮の葉に涼しい風が吹いて、ぎらぎらする夕陽の光も冷たくなっていた。聖因寺の前へ行ったところで、中から若い眼のさめるような女が出てきた。十七八に見える碧い着物を着た手足の細そりした女で、一人の老婆が後からきていた。その女の眼はちらと彭の顔へきた。
「あなたは、何所からいらっしたのです」
 彭が声をかけると女は恥かしそうに顔を赤らめたが、そのままその顔を老婆の方へやって、
「婆や、早く行きましょうよ」
 と言ってからむこうのほうへ歩いた。彭は引きずられるように老婆の後から随いて行った。
 すこし行くと女は斜に後ろを振り返って、老婆の横から彭を覗くようにした。女の気配に彭は顔をあげたが、その拍子に女の視線と視線が合った。女はきまり悪そうにあわてて前をむいて歩いた。
 女の眼の色に親しみを見出した彭は、非常に気が強くなってそのまま随いて行ったが、女も老婆も不思議に足が早いので、路の曲っている所などでは、ときどき二人の姿を見失いそうになった。
 彭はすこしも油断することができなかった。孤山の麓にある水仙廟がすぐ眼の前に見えてきた。もう陽が入って西の空が真赤に夕映えていた。女と老婆は水仙廟の手前から廟に沿うて折れて行った。その二人の顔に夕映の色がうっすらと映っていた。
 みるみる女と老婆は水仙廟の後ろへ行ったが、そのまま見えなくなった。彭は女の姿が見えなくなると、小走りに走って廟後へ着くなり、ぴったり走ることを止めて、そのまわりに注意して廻ったが、何所へ行ったのかもう影も見えなかった。
 彭はしかたなしに其所へ立ち止った。いつの間にか夕映も消えて四辺が微暗くなった中に、水仙廟の建物が黒い絵になって見えていた。
「おい、彭君じゃないか」
 だしぬけに声をかけるものがあった。彭は吃驚して我に返った。それは霊隠寺へ行っていた友人であった。
「ああ君か」
「君は、いったい此所で何をしているのだ」
 彭は女を捜しているとも言えなかった。
「散歩に来たところなのだ」
「そうかね、じゃ、いっしょに帰ろうじゃないか」
 彭は友人と同時に帰ってきたが、女のことが諦められないので、翌日は朝から孤山の麓へ行って、彼方此方と探して歩いたがどうしても判らなかった。人を見つけて聞いてみても、何人も知っている者がなかった。それでも思い切れないので、その翌日もまたその翌日も、毎日のように孤山の麓へ行って日を暮した。
 彭はとうとう病気になって、飯もろくろく喫わずに寝ているようになった。と、ある夜、扉を開けて入ってきた者があった。彭は何人かきたとは思ったが、顔をあげるのも苦しいの…

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