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陸判
りくはん
作品ID1650
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中国の怪談(二)」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年8月4日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-10-23 / 2014-09-18
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 陵陽の朱爾旦は字を少明といっていた。性質は豪放であったが、もともとぼんやりであったから、篤学の士であったけれども人に名を知られていなかった。
 ある日同窓の友達と酒を飲んでいたが、夜になったところで友達の一人がからかった。
「君は豪傑だが、この夜更けに十王殿へ往って、左の廊下に在る判官をおぶってくることができるかね、できたなら皆で金を出しあって君の祝筵を開くよ」
 その陵陽には十王殿というのがあって、恐ろしそうな木像を置いてあるが、それが装飾してあるので生きているようであった。それに東の廊下にある判官の木像は、青い顔に赤い鬚を生やしてあるのでもっとも獰悪に見えた。そのうえ夜になると両方の廊下から拷問の声が聞えるというので、十王殿に往く者は身の毛のよだつのがつねであった。それ故に同窓生は朱を困らせにかかったのであった。
 しかし朱は困らなかった。彼は笑って起ちあがって、そのまま出て往ったが、間もなく門の外で大声がした。
「おうい、鬚先生を伴れてきたぞ」
 同窓生は起ちあがった。そこへ朱が木像をおぶって入ってきて、それを几の上に置き、杯を執って三度さした。同窓生はそれを見ているうちに怖くなって体がすくんできた。
「おい、どうか元へ返してきてくれ」
 朱はそこでまた酒を取って地に灌いで、
「私はがさつ者ですから、どうかお許しください、家はつい其所ですから、お気が向いた時があったら、飲みにいらしてください、どうか御遠慮なさらないように」
 と言って、そこでまたその木像をおぶって往った。
 翌日になって同窓の者は約束どおり朱を招いて飲んだ。朱は日暮れまでいて半酔になって帰ったが、物足りないので燈を明るくして独酌していた。と、不意に簾をまくって入ってきた者があった。見るとそれは昨夜の判官であった。朱は起って言った。
「俺は死ななくちゃならないのか、昨日神聖をけがしたから、殺しにきたのだろう」
 判官は濃い髯の中から微笑を見せて言った。
「いや、そうじゃない、昨日招かれたから、今晩は暇でもあったし、謹んで達人との約を果そうと思って来たところだ」
「そうか、それは有難い」
 朱はひどく悦んで、判官の衣を牽いて坐らし、自分で往って器を洗い酒を温めようとした。すると判官が言った。
「天気が温かいから、冷でいいよ」
 朱は判官の言うとおりに酒の瓶を案の上に置き、走って往って家内の者に言いつけて肴をこしらえさせた。細君は大いに駭いて、判官の傍へ往かさないようにしたが、朱は聴かないで、立ったままで肴のできるのを待って出て往き、判官と杯のやりとりをした。
 そして朱は判官に、
「あなたの姓名を知らしてください」
 と言った。判官は、
「僕は陸という姓だが、名はないよ」
 と言った。そこで古典の談をしてみると、その応答は響のようであった。朱は陸に進士の試験に必要な文章のことを聞いた。

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