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![]() せいあじん |
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作品ID | 1657 |
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著者 | 田中 貢太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中国の怪談(二)」 河出文庫、河出書房新社 1987(昭和62)年8月4日 |
入力者 | Hiroshi_O |
校正者 | 小林繁雄、門田裕志 |
公開 / 更新 | 2003-10-27 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 10 ページ(500字/頁で計算) |
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揚子江と灌水の間の土地では、蛙の神を祭ってひどく崇めるので、祠の中にはたくさんの蛙がいて、大きいのは籠ほどあるものさえある。もし人が神の怒りにふれるようなことがあると、その家はきっと不思議なことがあって蛙がたくさんきて几や榻であそんだり、ひどいのになると滑かな壁を這いあがったが堕ちなかった。そのさまは一様でなかったが、その家に悪いしらせがあると、人びとはひどく恐れて、牲を供えて禳うた。神が喜んでうけいれてくれると、その不思議がなくなるのであった。
楚に薛崑という者があった。小さい時から慧で、姿容がよかった。六つか七つの時、青い衣を着た婆さんが来て、
「わしは神の使いだ」
と言って、座敷へあがりこんで、蛙神のおぼしめしを伝えた。
「わしの女を崑生にめあわしたい」
崑の父の薛老人はかざりけのない男であった。心がすすまなかったので、
「児が小そうございますから」
と言ってことわったが、まだ他と結婚の話はしなかった。そのうちに五六年たって、崑もだんだん大きくなったので、姜という家の女と結納をとりかわした。すると神から姜にお告げがあった。
「崑生はわしの婿だ、禁臠に近づいてはならぬぞ」
姜はそこで懼れて結納をかえした。薛老人は心配して、牲を潔めて祠に往って祷った。
「とても神様と縁組することはできませんから、どうかおゆるしを願います」
いのりが終って供えてある酒と肴の方を見ると、皆大きな蛆が入って、うようよとうごめいていた。薛老人は酒と肴をすてておわびをして帰ってきたが、心でひどく懼れて一時神の言いつけを聴くことにした。
ある日のことであった。崑が途を歩いていると、使いの者が来て神の言いつけであると言って、しきりに伴れて往こうとするので、しかたなしに従いて往った。そして、朱塗の門を入って往くと、そこにきれいな楼閣があって、一人の叟が堂の上に坐っていたが、七八十歳になる人のようであった。崑がかしこまってお辞儀をすると、叟は旁の者に言いつけて、崑をおこして自分の案の旁へ坐らした。
しばらくすると侍女や媼などがそのあたりにごたごたと集まってきて崑を見だした。叟は振り向いて、
「奥へ往って薛の郎がいらしたと言ってこい」
と言った。すると二三人の侍女が奔って往ったが、ちょっと手間を取ってから、一人の老婆が女郎をつれて出てきた。それは年の比が十六七で、その麗わしいことは儔のない麗しさであった。叟はそれに指をさして言った。
「この児は十娘だ、自分から君と佳いつれあいだと言っておる、君のお父様は、異類だと言ってこばんでいるが、これは自分達が一生のことで、両親のことじゃない、これを決める決めないは君しだいだ」
崑は十娘に目をやったがすぐ気に入ってしまった。しかし黙っていて返辞をしなかった。すると老婆は言った。
「私はとうから郎の心を知っております、どうか前へお帰り…