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西湖主
せいこしゅ
作品ID1659
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中国の怪談(二)」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年8月4日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-12-03 / 2014-09-18
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 陳弼教は幼な名を明允といっていた。燕の人であった。家が貧乏であったから、副将軍賈綰の秘書になっていた。ある時賈に従って洞庭に舟がかりをしていると、たまたま大きな猪婆龍が水の上に浮いた。賈はそれを見て弓で射た。矢はその背に中った。他に小さな魚がいて龍のしっ尾を銜んで逃げなかった。そこで龍とその魚を獲って、じょうをおろして帆柱の間に置いてあったが、二つとも微かに息があった。そして龍は吻を開けたり閉じたりしてたすけを求めているようであった。陳は気の毒になって賈に請うて逃がしてやることにしたが、金創の薬を持っていたから、じょうだん半分にそれをつけて、水の中へ放してやった。龍と魚は長い間浮いていてそして沈んで往った。
 後一年あまりして陳は北へ帰ったが、また洞庭を通ったところで、大風が吹いて乗っている舟が覆ってしまった。陳は幸いにして竹の箱があったので、それにすがって一晩中流れていて、木にかかって止った。そこで岸へ這いあがっていると一つの尸が流れてきた。それは自分の伴れていた従僕の少年の屍であった。陳は力を出して引きあげたが、もう死んでいた。
 陳は疲労と悲しみで生きた心地もしなかった。彼は従僕の屍を前にして吐息していた。そこには樹木の茂った小山があり、小さな柳の枝が風のたびに緑の色をうごかすばかりであった。人通りがないので途を聞くこともできなかった。夜の明け方から辰の刻すぎまで坐っていたところで、不意に従僕の体が動きだした。陳は喜んでそれを撫でた。間もなく従僕はたくさん水を吐いて、夢の醒めたように蘇生した。そこで二人は濡れていた着物を脱いで石の上に乾したが、午近くなってやっと燥いた。二人はやがてそれを着たが、昨日から何も喫っていないので、腹がごろごろ鳴ってひもじくてこらえられなかった。
 そこで二人は人家のある方へ往こうと思って、急いで山を越えて往った。山の半ばまで往ったところで、矢の音がした。陳は足を止めて耳をすました。と、馬の跫音がして二人の女郎が駿馬に乗って駈けてきた。二人とも紅い[#挿絵]の鉢巻をして、髻に雉の尾を挿し、紫の小袖を着、腰に緑の錦を束ね、一方の手に弾を持ち、一方の手に青い臂かけをしていた。その二人が嶺の南を駈けて往くと、二三十騎の者が後から続いた。林の中に猟をしていた一行であろう、皆美しい女ばかりで装束もおんなじであった。
 陳は大事をとって動かなかった。騎馬の後から男の駈けてくるのが見えた。それは馭卒のようであった。陳はその馭卒の方へ往って、
「今、通ったのは何方です」
と訊いてみた。馭卒は言った。
「あれは西湖の王様じゃ、首山に猟をなされておるところじゃ」
 陳は自分がそこへ来た故を知らして、そのうえ飢えていることを話した。馭卒は裏糧を解いて食物を分けてくれて、そして注意した。
「遠くの方へさけなくちゃいけない、車駕を犯すと死刑になるから…

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