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みみずのたはこと
みみずのたわこと
作品ID1704
著者徳冨 健次郎 / 徳冨 蘆花
文字遣い新字新仮名
底本 「みみずのたはこと(下)」 岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年6月1日、1977(昭和52)年11月16日第20刷改版
「みみずのたはこと(上)」 岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年4月15日、1977(昭和52)年8月16日第24刷改版
入力者小林繁雄、奥村正明
校正者小林繁雄
公開 / 更新2002-11-01 / 2016-02-03
長さの目安約 272 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   故人に

       一

 儂の村住居も、満六年になった。暦の齢は四十五、鏡を見ると頭髪や満面の熊毛に白いのがふえたには今更の様に驚く。
 元来田舎者のぼんやり者だが、近来ます/\杢兵衛太五作式になったことを自覚する。先日上野を歩いて居たら、車夫が御案内しましょうか、と来た。銀座日本橋あたりで買物すると、田舎者扱いされて毎々腹を立てる。後でぺろり舌を出されるとは知りながら、上等のを否極上等のをと気前を見せて言い値でさっさと買って来る様な子供らしいこともついしたくなる。然し店硝子にうつる乃公の風采を見てあれば、例令其れが背広や紋付羽織袴であろうとも、着こなしの不意気さ、薄ぎたない髯顔の間抜け加減、如何に贔屓眼に見ても――いや此では田舎者扱いさるゝが当然だと、苦笑いして帰って来る始末。此程村の巡査が遊びに来た。日清戦争の当時、出征軍人が羨ましくて、十五歳を満二十歳と偽り軍夫になって澎湖島に渡った経歴もある男で、今は村の巡査をして、和歌など詠み、新年勅題の詠進などして居る。其巡査の話に、正服帯剣で東京を歩いて居ると、あれは田舎のお廻りだと辻待の車夫がぬかす。如何して分かるかときいたら、眼で知れますと云ったと云って、大笑した。成程眼で分かる――さもありそうなことだ。鵜の目、鷹の目、掏摸の眼、新聞記者の眼、其様な眼から見たら、鈍如した田舎者の眼は、嘸馬鹿らしく見えることであろう。実際馬鹿でなければ田舎住居は出来ぬ。人にすれずに悧巧になる道はないから。
 東京に出ては儂も立派な田舎者だが、田舎ではこれでもまだ中々ハイカラだ。儂の生活状態も大分変った。君が初めて来た頃の彼あばら家とは雲泥の相違だ。尤も何方が雲か泥かは、其れは見る人の心次第だが、兎に角著しく変った。引越した年の秋、お麁末ながら浴室や女中部屋を建増した。其れから中一年置いて、明治四十二年の春、八畳六畳のはなれの書院を建てた。明治四十三年の夏には、八畳四畳板の間つきの客室兼物置を、ズッと裏の方に建てた。明治四十四年の春には、二十五坪の書院を西の方に建てた。而して十一間と二間半の一間幅の廊下を以て、母屋と旧書院と新書院の間を連ねた。何れも茅葺、古い所で九十何年新しいのでも三十年からになる古家を買ったのだが、外見は随分立派で、村の者は粕谷御殿なぞ笑って居る。二三年ぶりに来て見た男が、悉皆別荘式になったと云うた。御本邸無しの別荘だが、実際別荘式になった。畑も増して、今は宅地耕地で二千余坪になった。以前は一切無門関、勝手に屋敷の中を通る小学校通いの子供の草履ばた/\で驚いて朝寝の眠をさましたもので、乞食物貰い話客千客万来であったが、今は屋敷中ぐるりと竹の四ツ目籬や、[#挿絵]、萩ドウダンの生牆をめぐらし、外から手をさし入れて明けられる様な形ばかりのものだが、大小六つの門や枝折戸が出入口を固めて居る。己と籠を作…

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