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三人の相馬大作
さんにんのそうまだいさく
作品ID1721
著者直木 三十五
文字遣い新字新仮名
底本 「直木三十五作品集」 文藝春秋
1989(平成元)年2月15日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2007-02-07 / 2014-09-21
長さの目安約 68 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    一

「何うも早や――いや早や、さて早や、おさて早や、早野勘平、早駕で、早や差しかかる御城口――」
 お終いの方は、義太夫節の口調になって、首を振りながら
「何うも、早や、奥州の食物の拙いのには参るて」
 赤湯へ入ろうとする街道筋であったが、人通りが少かった。侍は、こう独り言をいいながら
「早や、暮れかかる入相の」
 と、口吟んで、もう一度、首を振ってみたが、村の入口に、人々の――旅の、客引女らしいのが立っているのを見ると、侍らしくなって歩き出した。
 少し、襟垢がついていて、旅疲れを思わせる着物であるが、平島羽二重の濃紫紺、黒縮緬の羽織に、絹の脚絆をつけていた。
「お泊りなら、すずかなお離れが、空いてるよう」
「お武家衆様、泊るなら、こっちへ」
 女が口々に呼びながら、小走りに、近づいたが、さすがに、商人にするように、袖を掴まなかった。
「ええ、お娘子を取りもつで。江戸のお武家衆や」
 侍は笑って
「江戸と、何うして、判るか」
「ええ、身なりがに――さ、寄って、泊って行かっせ」
 勇敢な一人が、羽織をつかんだ。
「お湯も、けれえだから」
「よし、泊ってつかわそう」
「そりゃまあ」
 女は、先に立って
「泊りだよう」
 と、叫んだ。番頭が上り口へ手を突いて、お叩頭[#ルビの「じぎ」は底本では「じき」]をした。
「厄介になるぞ、何程かの」
「へい、二十五文が、定ぎめで御座ります」
「よかろう」
「手前は、浪花講で御座ります、へい、おすすぎーッ」
「ひゃあーッ」

    二

 浪宿の慣らわしとして、三人の相客があった。侍は、床の間を背にして、固い褞衣の中から、白い手を出して、煙草を喫いつつ
「南町奉行附、直参、じゃが、ちと、望みがあっての」
「南町奉行附と申しますと――え、何かお召捕用で?」
「ま、そんなところだの」
 廊下に、足音が聞えると、障子が、開いて十二、三の女の子が、三人
 おばあ子、来るかやあと
 鎮守の外んずれまで
 出てみたば
 と、叫んで、踊りながら、入ってきた。
「うるさい。もうええ」
 客の一人が手を振った。
 おばこ来もせで相馬の大作なんぞいかめ面。
「出てくれ」
 と、一人が、一文銭を、抛出した。女の子は、次の部屋へ唄って行った。
「ほほう、相馬大作なんぞ、この辺で、唄になっているのかのう」
「ええ、えらい人気で、御座りましてな」
「何時時分に、何の辺に、おろうな、聞かんかの」
「一向に」
「わしは、その大作を追うているが――」
「貴下様が――へえ、そいつは、うっかり、踏込めませんぜ。宿で、泊めないなんてことが御座いますからの」
「何故」
「いえ、大作様を、生神様のように思っている奴がおりましてな」
「なるほど」
「それで、あんな唄まで、出来ましたが、旦那様、うっかりなさらんように――」
「忝ない」
 侍は、腕組をした。
「…

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