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大菩薩峠
だいぼさつとうげ
作品ID1727
副題13 如法闇夜の巻
13 にょほうあんやのまき
著者中里 介山
文字遣い新字新仮名
底本 「大菩薩峠4」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年1月24日
入力者tatsuki
校正者原田頌子
公開 / 更新2002-10-03 / 2014-09-17
長さの目安約 177 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 お君は、やがて駒井能登守の居間へ通されました。
 能登守の居間というのは、そこへ案内されたお君が異様に感じたばかりでなく、誰でもこの居間へ来たものは、異様の念に打たれないわけにはゆかないものであります。それは畳ならば六十畳ほどの広さを持った居間に、畳を敷いてあるのでなく、板張りにして絨氈のようなものが敷き詰められてありました。
 その広い室の中央と片隅とに卓子が置かれて、その周囲には椅子が置かれて、四方には明るく窓が切ってあります。
 長押の上や壁の間には、いくつもの額が掲げられてありますが、どの額も、軍艦や大砲やまた見慣れない風景や建築の図案であります。それから書棚には多くの書物があります。その書物には洋式の書物が特にめだっているのみならず、書棚の隅や、本箱の上、また別に棚を作って、見慣れないさまざまの武器の実物と模型とが、無数に陳列されてあります。
 さまざまの武器といううちにも、ことに鉄砲が多く、ことに小銃にはいくつかの実物があり、大砲は模型として順序よく並べられてありました。
 旧来の屋敷を、こんなに能登守が好みで建築をし直したものだと、お君はそのくらいのことはわかりますけれども、そのほかのことは、めまぐるしいほどで、なんと言ってよいかわかりません。
 その卓子の近くの椅子の上へ腰をかけてよいのだか、また絨氈の上へ坐らねば失礼であるのだか、それさえお君にはわかりませんで、案内のあとに隠れてただポーッとして立ち竦んでしまったようです。能登守はその時、片隅の椅子に腰かけて卓子に向っていました。
 黒羅紗の筒袖の陣羽織を着て野袴を穿いていました。門番の足軽が言った通り、今まで調練の指図をしていたのが、それが済んでからここへ来て、書物を開いて何か書いているのでありましょう。その書物は、やはり見慣れない文字の書物であります。それを見慣れた文字に書き直していたようであります。今まで広場で調練の指図をしていたという能登守は、それがために血色が活々として、汗ばんだところへ黒い髪の毛が乱れかかっていました。
「よくおいでなされた、暫らくそれでお待ち下さい」
と言って、筆を持ちながら、お君の方へ向いて莞爾とした面には、懐しいものがあります。
「はい」
 お君は、やっぱり立ち場に困って、椅子へ腰をかけるのは失礼であろうし、そうかと言って、絨氈の上へ坐って笑われはすまいかとの懸念で、真赤になって立ち竦んでいるのみであります。
 駒井能登守は和蘭から渡った砲術の書物を、いま自分の手で翻訳しているところであります。ちょうどそれを程よいところでクギリをつけてから筆をさしおいて、その椅子から立ち上って、
「お君どの、よく見えましたな、一人で……」
と言って能登守は、真中にある方の大きな卓子の方へ進んで、
「さあ、それへお掛けなさるがよい」
「はい」
 能登守は、お君に椅子を…

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