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殺人鬼
さつじんき
作品ID1799
著者浜尾 四郎
文字遣い新字新仮名
底本 「殺人鬼」 HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 195、早川書房
1955(昭和30)年4月30日
初出「名古屋新聞」1931(昭和6年)4月~12月
入力者今泉るり
校正者はやしだかずこ
公開 / 更新2005-10-09 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   美しき依頼人

      1

 二、三日前の大風で、さしも満開を誇つた諸所の桜花も、惨ましく散りつくしてしまつたろうと思われる四月なかばごろのある午後、私は勤先の雑誌社を要領よく早く切り上げて、銀座をブラブラと歩いていた。
 どこかに寄つてコーヒーでも一杯のんで行こうか、いや一人じやつまらない、誰か話し相手はないか、とこんな事を考えながら尾張町から新橋の方に歩いて行くと、ある角で突然せいのひどく高い痩せた男にぶつかつてしまつた。
「馬鹿め、気をつけろい」
 と云つてやろうと思つてふとその人をよく見ると、知り合いの藤枝真太郎という男である。
「おや、藤枝か。どうしたい」
「うん君だつたのか。……今日は何か用で?」
「ナーニ、あいかわらず意味なく銀ブラさ。君こそ今頃、どうしたんだい、この裏の事務所にいるんじやないのか」
「今ちよつとひまなのでね、三時半になるとお客さんが見えるがそれまで用がないので、ちよつと散歩に出て来たんだよ。たいてい君みたいなひまな男にぶつかると思つてね。……もつとも今みたいに文字通りにぶつかるとは思つてなかつたがね」
「あははは。そうかい、そりや丁度いい。僕も誰か相手をつかまえてお茶でも飲もうと思つてたところなんだ。じやここへはいるか」
 私は早速彼をさそつて、そばにある喫茶店へと飛び込んだのであつた。
 店の中は、よい按配にすいていたので、二人は傍のボックスにさし向いに坐りながら、ボーイに紅茶と菓子を命じた。
「おい小川、僕はこうやつてさし向つて腰かけるが、これは何故だか判るかい」
「あいかわらず、藤枝式の質問をするね。話をする為じやないか。つまり二人で語り合うために最も自然で便利な位置をとるのさ」
「そうさ。ところで君はこういう事実に気がついているかい。こういう位置をこういう場所でとるのは、ある人々にとつてのみ自然であるという事さ」
「なんだつて。ちよつと判らないね」
 私はこういいながら、ボーイが運んで来た紅茶に自分で角砂糖を二ツ入れた。
「ちよつと、あそこを見給え」
 藤枝が、ふと右手の方をさしたので、私は右後の方に目をやると向う側のボックスに、二人の二十才位の婦人が、一列にならんでこちらに背をむけて仲よく話をしている。
「わかつたかい。若い女同志だとああいう風にならぶんだ。あの人たちにはああ並ぶ方が便利だと見える」
 藤枝はこういうと、ケースから新しいシガレットをとり出して火をつけた。
「だつてありや特別の場合だろう。いつも女同志がああいう位置をとるとは限るまい」
「だから君にはじめはつきりきいたろう。君がそういう事に気がついているかどうかを。僕が今まで観察した所によると二人づれの若い女は必ずああいう風にすわる。必ずと云つて悪ければ、十組の中八組まではああいう風に位置をとるものだよ」
「そうかな」
「そうさ。つまりこうい…

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