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平馬と鶯
へいまとうぐいす
作品ID1804
著者林 不忘
文字遣い新字新仮名
底本 「一人三人全集Ⅰ時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」 河出書房新社
1970(昭和45)年1月15日
初出「少年倶楽部」1927(昭和2年)2月
入力者大野晋
校正者松永正敏
公開 / 更新2005-06-03 / 2014-09-18
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   鶯の宿

 麗かな春の日である。
 野に山に陽の光が、煙のように漂うのを見るともなしに見ながら、平馬は物思いに沈んで歩いていた。振り返ると、野路の末、雑木林の向うの空に、大小の屋根が夢の町のように浮んで、霞に棚引いているのが見える。平馬の藩である。行手にもまたほかの町が見えていたが、平馬はべつにそこへ行くためにこの春の野の一本道を辿っているわけではなかった。
 ただどこというあてもなしに、歩きながら考え、考えながら歩くつもりでぶらりと家を出て来た平馬である。暖かい太陽の光を背中いっぱいに受けているうちに、いつしか半分眠っているような心持で、この方角へ足が向いたのだった。
 平馬。年齢十五歳。身の丈け五尺五寸あまり。顔色あくまでも黒く、眼大きく、鼻高く、一文字の口に太い眉、それに、肩幅が広くて体じゅうに瘤のような筋肉が盛れ上っている――この辺で有名な怪童、威丈夫、剣客。
 その平馬がいま打割羽織に野袴、手馴れの業物を閂のように差し反らせて、鉄扇片手に春の野中の道をゆらりゆらりと歩いて行くのだ。人が見たら物騒な武者修業者が流れ込んで来たとでも思うかもしれないが、前後に人もなく、平馬は誰にも逢わなかった。
 国境に川がある。横笛川という。
 流れは、深いわりにさほど広くはないが、両岸の川原の幅が広いので、その全体に架かっている橋はかなりに長いものだった。太い木を高く架けて、水中や川原に大きな柱が立っているのが、遠くからでも見られた。試みに橋の上から唾をすると、下へ落ちるまでに、しぶきのように粉々になってしまう。それほど高い橋だった。月見橋という。この橋を境に、こっち側は平馬の藩、向う側は他藩ということになっていたが、平馬はいまその橋を渡っている。
 しかし、考えながら歩いていると自分がどこにいるのかわからないことがある。この時の平馬がちょうどそうだった。彼はぼんやりと、気がつかずに月見橋を渡ったが、そうしていつの間にか他の領内へ踏み込んでいたのである。
 それからまた少し野原があった。野原のつぎは畑だった。畑を越すと、そこここに生垣が見えて、どうやら屋敷町へ入ったらしかったが、平馬はいっさい夢中で歩いていた。
 陽が高い。
 くっきりと黒い影が足もとにかたまっている。
 その自分の影に話しかけるように、うつむきに考えこんでゆく平馬。
 ふと、顔を上げた。耳のそばで羽ばたきがしたからである。おや! と思った瞬間に何やら黄色いものが平馬の眼前に躍って、すぐにそれが、右手の甲にとまったので、平馬はびっくりしてよく見た。
 鶯が一羽。
 丸々と肥った美事なうぐいすが、どこからともなく飛んで来て平馬の右手にとまっているのだ。何ごとか平馬に話しかけでもするように、小さな口を開けたかと思うと、ホウホケキョと一声。
 驚きながらも平馬はにっこりした。どこの鶯だろう? よほど…

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