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安重根
あんじゅうこん
作品ID1805
副題――十四の場面――
――じゅうよんのばめん――
著者谷 譲次 / 林 不忘
文字遣い新字新仮名
底本 「一人三人全集Ⅰ時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」 河出書房新社
1970(昭和45)年1月15日
初出「中央公論」中央公論社、1931(昭和6)年4月
入力者奥村正明
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-09-03 / 2014-09-18
長さの目安約 101 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

時。一九〇九年八月、十月。

所。小王嶺、ウラジオストック、ボグラニチナヤ、蔡家溝、ハルビン。

人。安重根、禹徳淳、曹道先、劉東夏、劉任瞻、柳麗玉、李剛、李春華、朴鳳錫、白基竜、鄭吉炳、卓連俊、張首明、お光、金学甫、黄成鎬、黄瑞露、金成白、クラシノフ、伊藤公、満鉄総裁中村是公以下その随員、ニイナ・ラファロヴナ、日本人のスパイ、売薬行商人、古着屋の老婆、ロシア人の売春婦、各地の同士多勢、青年独立党員。

 蔡家溝駅長オグネフ、同駅駐在中隊長オルダコフ大尉、同隊付セミン軍曹、チチハル・ホテル主人ヤアフネンコ、露国蔵相ココフツォフ、随行員、東清鉄道関係者、露支顕官、各国新聞記者団、写真班、ボウイ、日本人警部、日露支出迎人、露支両国儀仗兵、軍楽隊、露国憲兵、駅員。

(朝鮮人たちはルバシカ、背広、詰襟、朝鮮服、蒙古服等、長髪もあり、ぐりぐり坊主もあり、帽子なども雑然と、思い思いの不潔な服装。日清露三国の勢力下にある明治四十二年の露領から北満へかけての場面だから、風物空気、万事初期の殖民地らしく、猥雑混沌をきわめている。多分に開化風を加味しても面白いと思う)

       1

一九〇九年――明治四十二年――八月下旬の暑い日。
ウラジオストックの田舎、小王嶺の朝鮮人部落。

部落の街路。乾割れのした土塀。土で固めた低い屋根。陽がかんかん照って、樹の影が濃い。蝉の声がしている。牛や鶏の鳴く声もする。蝉はこの場をつうじて片時も止まずに啼きつづける。

安重根、三十一歳。国士風の放浪者。ウラジオの韓字新聞「大東共報」の寄稿家。常に読みかけの新聞雑誌の類を小脇に抱えている。左手の食指が半ばからない。ほかにこの場の人物は、老人、青年、女房、娘、子供等、部落民の朝鮮人の群集と、売薬行商人など。

樹の下でルバシカ姿の安重根が演説している。男女の朝鮮人の農民が、ぼんやり集まって、倦怠そうに路上に立ったりしゃがんだりしている。みな朝鮮服で、長煙管をふかしている者、洋傘をさしているものもある。

安重根 (前からの続き)そういうわけで、百姓は農業にいそしみ、商人は算盤大事に、学生は勉強をして、めいめい本分とする稼業に精を出すことが第一です。この、韓国民の教育をはかるといる大目的のために、また一つには、私は本国の義兵参謀中将ですから、こうしてこの三年間、国事に奔走しているのであります。私の国家思想は、数年前から持っておりましたが、非常に感じましたのは、四年前、日露戦争の当時からであります。それから以後になって五カ条の日韓条約が成立し、なお続いて七カ条の条約が締結されました。これを機会に私は故国を出て、この露領の各村落を遊説して来たのであります。
聴衆の大部分は聞いていない。あちこちにグルウプを作って、世間話をしたり、ささやき合ったりしている。一隅で欠伸する者がある。
安重根 そうする…

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