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デイモンとピシアス
デイモンとピシアス
作品ID18333
著者鈴木 三重吉
文字遣い新字新仮名
底本 「鈴木三重吉童話集」 岩波文庫、岩波書店
1996(平成8)年11月18日第1刷
初出「赤い鳥」1920(大正9)年11月
入力者鈴木厚司
校正者佳代子
公開 / 更新2004-03-06 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 これは、二千年も、もっとまえに、希臘が地中海ですっかり幅を利かせていた時代のお話です。
 そのころ、希臘人は、今のイタリヤのシシリイ島へ入り込んで、その東の海岸にシラキュースという町をつくっていました。そこでも市民たちは、やはりみんなの間からいくたりかの議政官というものを選んで、その人たちにすべての支配を任せていました。或とき、その議政官の一人にディオニシアスという大層な腕ききがいました。
 ディオニシアスは、もとはずっと下級の役に使われていた人ですが、その持前の才能一つで、とうとう議政官の位地まで上ったのでした。この人のおかげでシラキュースは急にどんどんお金持になり、島中のほかの殖民地に比べて、一ばん勢力のある町になりました。
 それらの殖民地の中には、アフリカのカーセイジ人が建てた町もいくつかありました。シラキュースはそのカーセイジ人たちと、いつもひどい仲たがいをしていました。ディオニシアスは遂にシラキュース人を率いて、それらのアフリカ人と大戦をしました。そして手ひどく打ち負してしまいました。
 そんなわけで、ディオニシアスはシラキュース中で第一ばんの幅利きになりました。それでだんだんにほかの議政官たちを押しのけて、町中のことは自分一人で勝手に切り廻すようになりました。
 ディオニシアスはずいぶんわがままな惨酷な男でした。市民たちは彼のいろいろな乱暴から、ディオニシアスを蛇のように憎み出しました。しかし、市民もほかの議政官も、彼の暴威に怖れて、だれ一人面と向って反抗することが出来ませんでした。
 ディオニシアスには、市民たちが、すべて自分に対してどんな考えを持っているかということが十分分っていました。ですから、しじゅう、ちょっとも油断をしませんでした。いつだれが、どんな手だてをめぐらして、自分を殺すかも分らないのです。ディオニシアスはそのために、最後にはもうどんな人をでも疑わないではおかないようになりました。
 彼は牢屋の後にある、大きな岩の中を、人に分らないように、そっと下から掘り開けて、その中へ秘密の部屋をこしらえました。そしてそこへ、牢屋から罪人の話し声がつたわって来るような仕かけをさせて、いつもそこへ這入ってじいっと罪人たちの言ってることを立ち聞きしていました。
 それから、自分の寝室へは、だれも近づいて来られないように、ぐるりへ大きな溝を掘りめぐらし、それへ吊橋をかけて、それを自分の手で上げたり下したりしてその部屋へ出這入りしました。
 或とき彼は、自分の顔を剃る理髪人が、
「おれはあの暴君の喉へ毎朝髪剃りをあてるのだぞ。」と言って、人に威張ったという話をきき、すっかり気味をわるくしてその理髪人を死刑にしてしまいました。そして、それからというものは、もう理髪人をかかえないで、自分の娘たちに顔を剃らせました。しかし後には、自…

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