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防雪林
ぼうせつりん
作品ID18368
著者小林 多喜二
文字遣い旧字旧仮名
底本 「防雪林・不在地主」 岩波文庫、岩波書店
1953(昭和28)年6月25日
入力者山本洋一
校正者小林繁雄、林幸雄
公開 / 更新2006-09-02 / 2014-09-18
長さの目安約 133 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]

      北海道に捧ぐ

[#改丁]

      一

 十月の末だつた。
 その日、冷たい氷雨が石狩のだゞツ廣い平原に横なぐりに降つてゐた。
 何處を見たつて、何んにもなかつた。電信柱の一列がどこまでも續いて行つて、マツチの棒をならべたやうになり、そしてそれが見えなくなつても、まだ平であり、何んにも眼に邪魔になるものがなかつた。所々箒のやうに立つてゐるポプラが雨と風をうけて、搖れてゐた。一面に雲が低く垂れ下つてきて、「妙に」薄暗くなつてゐた。烏が時々周章てたやうな飛び方をして、少しそれでも明るみの殘つてゐる地平線の方へ二、三羽もつれて飛んで行つた。
 源吉は肩に大きな包みを負つて、三里ほど離れてゐる停車場のある町から歸つてきた。源吉たちの家は、この吹きツさらしの、平原に、二、三軒づゝ、二十軒ほど散らばつてゐた。それが村道に沿つて並んでゐたり、それから、ずツと畑の中にひツこんだりしてゐた。その中央にある小學校を除いては、みんなどの家もかやぶきだつた。屋根が變に、傾いたり、泥壁にはみんなひゞが入つたり、家の中は、外から一寸分らない程薄暗かつた。どの家にも申譯程位にしか窓が切り拔いてなかつた。家の後か、入口の向ひには馬小屋や牛小屋があつた。
 農家の後からは心持ち土地が、石狩川の方へ傾斜して行つてゐた。そこは畑にはなつてゐたが、所々に、石塊が、赤土や砂と一緒にムキ出しにころがつてゐた。石狩川が年一囘――五月には必ずはんらんして、その時は、いつでもその邊は水で一杯になつたからだつた。だから、そこへは五月のはんらんが濟んでからでなくては、作物をつけなかつた。畑が盡きると、丈が膝迄位の草原だつた。そして、それが石狩川の堤に沿つて並んでゐる雜木林に續いてゐた。そこからすぐ、石狩川だつた。幅が廣くて底氣味の惡い程深く、幾つにも折れ曲つて、音もさせずに、水面の流れも見せずに、うね/\と流れてゐた。河の向ふは砂の堤になつてゐて、やつぱり野良が續いてゐた。こつち同樣のチヨコレートのやうな百姓家の頭が、地平線から浮かんでぼつ/\見えた。雄鷄が向ふでトキをつくると、こつちの鷄が、それに答へて、呼び交はすこともあつた。
 源吉は何か考へこんで、むつしりして歸つてきた。通つてくるどの家も、焚火をしてゐるらしく、窓や入口やかやぶきの屋根のスキ間から煙が出てゐた。が、出た煙が雨のために眞直ぐ空に上れずに、横ひろがりになびいて、野面にすれ/″\に廣がつて行つた。家の前を通ると、だしぬけに、牛のなく幅廣い聲がした。野良に放してある牛が口をもぐ/\動かしながら頭をあげて、彼の方を見た。源吉が、自分の家にくると、中がモヤ/\とけむつてゐた。母親が何か怒鳴つてゐるのが表へ聞えた。すると、弟の由がランプのホヤをもつてけむたさに眼をこすりながら、出て來た。眼の[#挿絵]はり…

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