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殺生石
せっしょうせき
作品ID18385
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の諸国物語」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年4月10日
入力者鈴木厚司
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2003-08-27 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 むかし後深草天皇の御代に、玄翁和尚という徳の高い坊さんがありました。日本の国中方々めぐり歩いて、ある時奥州から都へ帰ろうとする途中、白河の関を越えて、下野の那須野の原にかかりました。
 那須野の原というのは十里四方もある広い広い原で、むかしはその間に一軒の家も無く、遠くの方に山がうっすり見えるばかりで、見渡す限り草がぼうぼうと生い茂って、きつねやしかがその中で寂しく鳴いているだけでした。玄翁はこの原を通りかかると、折ふし秋の末のことで、もう枯れかけたすすき尾花が白い綿をちらしたように一面にのびて、その間に咲き残った野菊やおみなえしが寂しそうにのぞいていました。
 玄翁和尚は一日野原を歩きどおしに歩いてまだ半分も行かないうちに、短い秋の日はもう暮れかけて、見る見るそこらが暗くなってきました。この先いくら行っても泊る家を見つけるあてはないのですから、今夜は野宿をするかくごをきめて、それにしても、せめて腰をかけて休めるだけの木の陰でもないかと思って、夕やみの中でしきりに見ましたが、一本のひょろひょろ松さえ立ってはいませんでした。それでもと思ってまた少し行ってみると、草原の真ん中に、大きな石の立っているのが白く見えました。
「やれやれ、これで露をしのぐだけの屋根が出来た。」
 と玄翁はつぶやきながら石のそばに寄ってみますと、ちょうど人間の背の高さぐらいのすべすべしたきれいな石でした。玄翁は石の頭に笠をかぶせ、草を結んでまくらにして、つえをわきに引き寄せたまま、ころりと横になりますと、何しろくたびれきっているものですから、間もなくとろとろと眠りかけました。
 するとしばらくして、眠っているまくら元で、
「和尚さま、和尚さま。」
 とかすかに呼ぶ声がしました。初めは夢うつつでその声を聞いていましたが、ふと気がついて目をあけますと、もう一面の真っ暗やみで、はるかな空の上で、かすかに星が二つ三つ光っているだけでした。
「すると今しがただれか呼んだと思ったのは、気の迷いであったか。」と玄翁は思って、起き上がりもしずに、そのまま目をつぶって寝ようとしました。するとまたうしろの方で、こんどは前よりもはっきり、
「和尚さま、和尚さま。」
 と呼ぶ声がしました。
 こんどこそ間違いはないと玄翁が思って、ひょいと起き上がりますと、どうでしょう、さっきの石のあった所がほんのり明るくなって、そのかすかな光の中に若い女のような姿がぼんやり見えていました。
 玄翁もさすがにびっくりして、その女に向かって、
「呼んだのはあなたですか。あなたはどなたです。」
 とたずねました。
 すると女はかすかに笑ったようでしたが、やがて、
「びっくりなさるのはむりはありません。わたしはこの石の精です。」
 といいました。
「その石の精がどうして迷って出て来たのです。何かわたしに御用があるので…

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