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葛の葉狐
くずのはぎつね
作品ID18386
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の諸国物語」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年4月10日
入力者鈴木厚司
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2003-10-29 / 2014-09-18
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 むかし、摂津国の阿倍野という所に、阿倍の保名という侍が住んでおりました。この人の何代か前の先祖は阿倍の仲麻呂という名高い学者で、シナへ渡って、向こうの学者たちの中に交ってもちっとも引けをとらなかった人です。それでシナの天子さまが日本へ還すことを惜しがって、むりやり引き止めたため、日本へ帰ることができないで、そのまま向こうで、一生暮らしてしまいました。仲麻呂が死んでからは、日本に残った子孫も代々田舎にうずもれて、田舎侍になってしまいました。仲麻呂の代から伝えた天文や数学のむずかしい書物だけは家に残っていますが、だれもそれを読むものがないので、もう何百年という間、古い箱の中にしまい込まれたまま、虫の食うにまかしてありました。保名はそれを残念なことに思って、どうかして先祖の仲麻呂のような学者になって、阿倍の家を興したいと思いましたが、子供の時から馬に乗ったり弓を射たりすることはよくできても、学問で身を立てることは思いもよらないので、せめてりっぱな子供を生んで、その子を先祖に負けないえらい学者に仕立てたいと思い立ちました。そこで、ついお隣の和泉国の信田の森の明神のお社に月詣りをして、どうぞりっぱな子供を一人お授け下さいましと、熱心にお祈りをしていました。
 ある年の秋の半ばのことでした。保名は五六人の家来を連れて、信田の明神の参詣に出かけました。いつものとおりお祈りをすましてしまいますと、折からはぎやすすきの咲き乱れた秋の野の美しい景色をながめながら、保名主従はしばらくそこに休んで、幕張りの中でお酒盛りをはじめました。
 そのうちだんだん日が傾きかけて、短い秋の日は暮れそうになりました。保名主従はそろそろ帰り支度をはじめますと、ふと向こうの森の奥で大ぜいわいわいさわぐ声がしました。その中には太鼓だのほら貝だのの音も交って、まるで戦争のようなさわぎが、だんだんとこちらの方に近づいて来ました。主従は何事がはじまったのかと思って思わず立ちかけますと、その時すぐ前の草叢の中で、「こんこん。」と悲しそうに鳴く声が聞こえました。そして若い牝狐が一匹、中から風のように飛んで来ました。「おや。」という間もなく、狐は保名の幕の中に飛び込んで来ました。そして保名の足の下で首をうなだれ、しっぽを振って、さも悲しそうにまた鳴きました。それは人に追われて逃げ場を失った狐が、ほかの慈悲深い人間の助けを求めているのだということはすぐ分かりました。保名は情け深い侍でしたから、かわいそうに思って、家来にかつがせた箱の中に狐を入れて、かくまってやりました。すると間もなく、「うおっうおっ。」というやかましい鬨の声を上げて、何十人とない侍が、森の中から駆け出して来ました。そしていきなり保名の幕の中にばらばらと飛び込んで来て、物もいわずにそこらを探し回りました。
 この乱暴なしわざを見て、…

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