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浴槽の花嫁
よくそうのはなよめ
作品ID1877
著者牧 逸馬
文字遣い新字新仮名
底本 「浴槽の花嫁-世界怪奇実話1」 現代教養文庫、社会思想社
1975(昭和50)年6月15日
入力者大野晋
校正者原田頌子
公開 / 更新2002-02-13 / 2014-09-17
長さの目安約 48 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        1

 英国ブラックプウルの町を、新婚の夫婦らしい若い男女が、貸間を探して歩いていた。彼らが初めに見にはいった家は、部屋は気に入った様子で、ことに女の方はだいぶ気が動いたようだったが風呂が付いていないと聞くと、男は、てんで問題にしないで、細君を促してさっさと出て行った。コッカア街に、クロスレイ夫人という老婆が、下宿人を置いていた。つぎに二人は、このクロスレイ夫人の家へ行ったが、そこには同じ階に立派な浴室があったので、男はおおいに乗気になって、さっそく借りることに話が決まった。間代は、風呂の使用料を含めて、一週十シリングであった。男の名はアウネスト・ブラドンといって、田舎新聞にときどき寄稿などをするだけの、いわば無職だった。女は、アストン・クリントンの町に住んでいる石炭商の娘で、アリス・バアナムという看護婦であった。アリスは、健康で快活な田舎娘だったが、ブラドンは、背の高い、蒼白い顔の神経質らしい男だった。二人とも安物ながら身綺麗な服装をしていたが、女が確固としているわりには、男は、なまけ者の様子だった。これは後年ロンドン、ボウ街の公判廷で申し立てたコッカア街の[#「コッカア街の」は底本では「ロッカア街の」]下宿の女将クロスレイ夫人の陳述である。
 駅に一時預けしてあったすこしの荷物を引き取って、ブラドン夫妻は即日引き移ってきた。翌朝早く、二人は外出の支度をして、階下へ降りて来た。ちょうどほかの下宿人へ朝飯を運ぼうとしていた女将のクロスレイ夫人に階段の下で出合うと、ブラドンは、どこかこの近所に医者はないかと訊いた。クロスレイ夫人は、引越し早々病気になったのかと思ってびっくりした。
「どこかお悪いんですか。」
「いや。これがすこし頭痛がするというもんですから。」
 ブラドンは新妻のアリスを返り見た。アリスは、なにか気が進まないふうだったが、それでも、嬉しそうににこにこしていた。
「なんでもないんですの。すぐによくなることはわかっているんですけれど、この人が、軽いうちにお医者に診てもらったほうがいいといって肯かないんですよ。」
 クロスレイ夫人は、それは、ブラドンさんがあなたを愛しているからですと言いたかったが、移って来たばかりで、まだそんな冗談を言っていいほど親しくなっていないので、ただ近所に開業している医者の家を教えただけだった。それは、ドクタア・ビリングという医師だった。ブラドン夫妻の来訪を受けたビリング医師は、アリスを診断してべつにどこも悪くないし、頭痛もたいしたことはないが、すこし神経過敏になっているようだから、そのつもりでいくぶん静養するようにと注意した。アリスは、月経の数日前には、何日もこの程度の軽い頭痛に襲われるのが常だったので、そのことを話すと、ビリング医師も首肯いて、なにか簡単な鎮痛剤のような物をくれて、診察を終った。こうして愛…

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