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墨汁一滴
ぼくじゅういってき
作品ID1897
著者正岡 子規
文字遣い新字旧仮名
底本 「墨汁一滴」 岩波文庫、岩波書店
1927(昭和2)年12月15日、1984(昭和59)年3月16日第15刷改版
入力者山口美佐
校正者川向直樹
公開 / 更新2005-07-16 / 2014-09-18
長さの目安約 157 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 病める枕辺に巻紙状袋など入れたる箱あり、その上に寒暖計を置けり。その寒暖計に小き輪飾をくくりつけたるは病中いささか新年をことほぐの心ながら歯朶の枝の左右にひろごりたるさまもいとめでたし。その下に橙を置き橙に並びてそれと同じ大きさほどの地球儀を据ゑたり。この地球儀は二十世紀の年玉なりとて鼠骨の贈りくれたるなり。直径三寸の地球をつくづくと見てあればいささかながら日本の国も特別に赤くそめられてあり。台湾の下には新日本と記したり。朝鮮満洲吉林黒竜江などは紫色の内にあれど北京とも天津とも書きたる処なきは余りに心細き思ひせらる。二十世紀末の地球儀はこの赤き色と紫色との如何に変りてあらんか、そは二十世紀初の地球儀の知る所に非ず。とにかくに状袋箱の上に並べられたる寒暖計と橙と地球儀と、これ我が病室の蓬莱なり。
枕べの寒さ計りに新年の年ほぎ縄を掛けてほぐかも
(一月十六日)

 一月七日の会に麓のもて来しつとこそいとやさしく興あるものなれ。長き手つけたる竹の籠の小く浅きに木の葉にやあらん敷きなして土を盛り七草をいささかばかりづつぞ植ゑたる。一草ごとに三、四寸ばかりの札を立て添へたり。正面に亀野座といふ札あるは菫の如き草なり。こは仏の座とあるべきを縁喜物なれば仏の字を忌みたる植木師のわざなるべし。その左に五行とあるは厚き細長き葉のやや白みを帯びたる、こは春になれば黄なる花の咲く草なり、これら皆寸にも足らず。その後に植ゑたるには田平子の札あり。はこべらの事か。真後に芹と薺とあり。薺は二寸ばかりも伸びてはや蕾のふふみたるもゆかし。右側に植ゑて鈴菜とあるは丈三寸ばかり小松菜のたぐひならん。真中に鈴白の札立てたるは葉五、六寸ばかりの赤蕪にて紅の根を半ば土の上にあらはしたるさま殊にきはだちて目もさめなん心地する。『源語』『枕草子』などにもあるべき趣なりかし。
あら玉の年のはじめの七くさを籠に植ゑて来し病めるわがため
(一月十七日)

 この頃根岸倶楽部より出版せられたる根岸の地図は大槻博士の製作に係り、地理の細精に考証の確実なるのみならずわれら根岸人に取りてはいと面白く趣ある者なり。我らの住みたる処は今鶯横町といへど昔は狸横町といへりとぞ。
田舎路はまがりくねりておとづるる人のたづねわぶること吾が根岸のみかは、抱一が句に「山茶花や根岸はおなじ垣つゞき」また「さゞん花や根岸たづぬる革ふばこ」また一種の風趣ならずや、さるに今は名物なりし山茶花かん竹の生垣もほとほとその影をとどめず今めかしき石煉瓦の垣さへ作り出でられ名ある樹木はこじ去られ古への奥州路の地蔵などもてはやされしも取りのけられ鶯の巣は鉄道のひびきにゆりおとされ水[#挿絵]の声も汽笛にたたきつぶされ、およそ風致といふ風致は次第に失せてただ細路のくねりたるのみぞ昔のままなり云々
と博士は記せり。中にも鶯横町はくねり曲りて殊に分りにくき…

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