えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
| 
               どんぐりとやまねこ  | 
          |
| 作品ID | 1925 | 
|---|---|
| 著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ | 
| 文字遣い | 新字旧仮名 | 
| 底本 | 
              「宮沢賢治全集8」 ちくま文庫、筑摩書房 1986(昭和61)年1月28日  | 
          
| 初出 | 「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社、1924(大正13)年12月1日 | 
| 入力者 | 土屋隆 | 
| 校正者 | noriko saito | 
| 公開 / 更新 | 2005-03-29 / 2014-09-18 | 
| 長さの目安 | 約 13 ページ(500字/頁で計算) | 
広告
広告
 をかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。
かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                山ねこ 拝
 こんなのです。字はまるでへたで、墨もがさがさして指につくくらゐでした。けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。はがきをそつと学校のかばんにしまつて、うちぢゆうとんだりはねたりしました。
 ね床にもぐつてからも、山猫のにやあとした顔や、そのめんだうだといふ裁判のけしきなどを考へて、おそくまでねむりませんでした。
 けれども、一郎が眼をさましたときは、もうすつかり明るくなつてゐました。おもてにでてみると、まはりの山は、みんなたつたいまできたばかりのやうにうるうるもりあがつて、まつ青なそらのしたにならんでゐました。一郎はいそいでごはんをたべて、ひとり谷川に沿つたこみちを、かみの方へのぼつて行きました。
 すきとほつた風がざあつと吹くと、栗の木はばらばらと実をおとしました。一郎は栗の木をみあげて、
「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかつたかい。」とききました。栗の木はちよつとしづかになつて、
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」と答へました。
「東ならぼくのいく方だねえ、をかしいな、とにかくもつといつてみよう。栗の木ありがたう。」
 栗の木はだまつてまた実をばらばらとおとしました。
 一郎がすこし行きますと、そこはもう笛ふきの滝でした。笛ふきの滝といふのは、まつ白な岩の崖のなかほどに、小さな穴があいてゐて、そこから水が笛のやうに鳴つて飛び出し、すぐ滝になつて、ごうごう谷におちてゐるのをいふのでした。
 一郎は滝に向いて叫びました。
「おいおい、笛ふき、やまねこがここを通らなかつたかい。」
 滝がぴーぴー答へました。
「やまねこは、さつき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」
「をかしいな、西ならぼくのうちの方だ。けれども、まあも少し行つてみよう。ふえふき、ありがたう。」
 滝はまたもとのやうに笛を吹きつゞけました。
 一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どつてこどつてこどつてこと、変な楽隊をやつてゐました。
 一郎はからだをかがめて、
「おい、きのこ、やまねこが、こゝを通らなかつたかい。」
とききました。するときのこは
「やまねこなら、けさはやく、馬車で南の方へ飛んで行きましたよ。」とこたへました。一郎は首をひねりました。
「みなみならあつちの山のなかだ。をかしいな。まあもすこし行つてみよう。きのこ、ありがたう。」
 きのこはみんないそがしさうに、どつてこどつてこと、あのへんな楽隊をつづけました。
 一郎はまた…