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氷河鼠の毛皮
ひょうがねずみのけがわ |
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作品ID | 1934 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第十三巻」 筑摩書房 1980(昭和55)年3月15日 |
初出 | 「岩手毎日新聞」1923(大正12)年4月15日 |
入力者 | マイマイマイ |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2005-02-25 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 13 ページ(500字/頁で計算) |
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このおはなしは、ずゐぶん北の方の寒いところからきれぎれに風に吹きとばされて来たのです。氷がひとでや海月やさまざまのお菓子の形をしてゐる位寒い北の方から飛ばされてやつて来たのです。
十二月の二十六日の夜八時ベーリング行の列車に乗つてイーハトヴを発つた人たちが、どんな眼にあつたかきつとどなたも知りたいでせう。これはそのおはなしです。
×
ぜんたい十二月の二十六日はイーハトヴはひどい吹雪でした。町の空や通りはまるつきり白だか水色だか変にばさ/\した雪の粉でいつぱい、風はひつきりなしに電線や枯れたポプラを鳴らし、鴉なども半分凍つたやうになつてふら/\と空を流されて行きました。たゞ、まあ、その中から馬そりの鈴のチリンチリン鳴る音が、やつと聞えるのでやつぱり誰か通つてゐるなといふことがわかるのでした。
ところがそんなひどい吹雪でも夜の八時になつて停車場に行つて見ますと暖炉の火は愉快に赤く燃えあがり、ベーリング行の最大急行に乗る人たちはもうその前にまつ黒に立つてゐました。
何せ北極のぢき近くまで行くのですからみんなはすつかり用意してゐました。着物はまるで厚い壁のくらゐ着込み、馬油を塗つた長靴をはきトランクにまで寒さでひびが入らないやうに馬油を塗つてみんなほう/\してゐました。
汽罐車はもうすつかり支度ができて暖さうな湯気を吐き、客車にはみな明るく電燈がともり、赤いカーテンもおろされて、プラツトホームにまつすぐにならびました。
『ベーリング行、午後八時発車、ベーリング行。』一人の駅夫が高く叫びながら待合室に入つて来ました。
すぐ改札のベルが鳴りみんなはわい/\切符を切つて貰つてトランクや袋を車の中にかつぎ込みました。
間もなくパリパリ呼子が鳴り汽罐車は一つポーとほえて、汽車は一目散に飛び出しました。何せベーリング行の最大急行ですから実にはやいもんです。見る間にそのおしまひの二つの赤い火が灰いろの夜のふゞきの中に消えてしまひました。こゝまではたしかに私も知つてゐます。
×
列車がイーハトヴの停車場をはなれて荷物が棚や腰掛の下に片附き、席がすつかりきまりますとみんなはまづつくづくと同じ車の人たちの顔つきを見まはしました。
一つの車には十五人ばかりの旅客が乗つてゐましたがそのまん中には顔の赤い肥つた紳士がどつしりと腰掛けてゐました。その人は毛皮を一杯に着込んで、二人前の席をとり、アラスカ金の大きな指環をはめ、十連発のぴかぴかする素敵な鉄砲を持つていかにも元気さう、声もきつとよほどがらがらしてゐるにちがひないと思はれたのです。
近くにはやつぱり似たやうななりの紳士たちがめいめい眼鏡を外したり時計を見たりしてゐました。どの人も大へん立派でしたがまん中の人にくらべては少し痩てゐました。向ふの隅には痩た赤ひげの人が北極狐のやうにき…