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紫紺染について
しこんぞめについて
作品ID1937
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「ポラーノの広場」 角川文庫、角川書店
1996(平成8)年6月25日
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-06-16 / 2023-07-08
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 盛岡の産物のなかに、紫紺染というものがあります。
 これは、紫紺という桔梗によく似た草の根を、灰で煮出して染めるのです。
 南部の紫紺染は、昔は大へん名高いものだったそうですが、明治になってからは、西洋からやすいアニリン色素がどんどんはいって来ましたので、一向はやらなくなってしまいました。それが、ごくちかごろ、またさわぎ出されました。けれどもなにぶん、しばらくすたれていたものですから、製法も染方も一向わかりませんでした。そこで県工業会の役員たちや、工芸学校の先生は、それについていろいろしらべました。そしてとうとう、すっかり昔のようないいものが出来るようになって、東京大博覧会へも出ましたし、二等賞も取りました。ここまでは、大てい誰でも知っています。新聞にも毎日出ていました。
 ところが仲々、お役人方の苦心は、新聞に出ているくらいのものではありませんでした。その研究中の一つのはなしです。
 工芸学校の先生は、まず昔の古い記録に眼をつけたのでした。そして図書館の二階で、毎日黄いろに古びた写本をしらべているうちに、遂にこういういいことを見附けました。
「一、山男紫紺を売りて酒を買い候事、
山男、西根山にて紫紺の根を掘り取り、夕景に至りて、ひそかに御城下(盛岡)へ立ち出で候上、材木町生薬商人近江屋源八に一俵二十五文にて売り候。それより山男、酒屋半之助方へ参り、五合入程の瓢箪を差出し、この中に清酒一斗お入れなされたくと申し候。半之助方小僧、身ぶるえしつつ、酒一斗はとても入り兼ね候と返答致し候処、山男、まずは入れなさるべく候と押して申し候。半之助も顔色青ざめ委細承知と早口に申し候。扨、小僧ますをとりて酒を入れ候に、酒は事もなく入り、遂に正味一斗と相成り候。山男大に笑いて二十五文を置き、瓢箪をさげて立ち去り候趣、材木町総代より御届け有之候。」
 これを読んだとき、工芸学校の先生は、机を叩いて斯うひとりごとを言いました。
「なるほど、紫紺の職人はみな死んでしまった。生薬屋のおやじも死んだと。そうしてみるとさしあたり、紫紺についての先輩は、今では山男だけというわけだ。よしよし、一つ山男を呼び出して、聞いてみよう。」
 そこで工芸学校の先生は、町の紫紺染研究会の人達と相談して、九月六日の午后六時から、内丸西洋軒で山男の招待会をすることにきめました。そこで工芸学校の先生は、山男へ宛てて上手な手紙を書きました。山男がその手紙さえ見れば、きっともう出掛けて来るようにうまく書いたのです。そして桃いろの封筒へ入れて、岩手郡西根山、山男殿と上書きをして、三銭の切手をはって、スポンと郵便函へ投げ込みました。
「ふん。こうさえしてしまえば、あとはむこうへ届こうが届くまいが、郵便屋の責任だ。」と先生はつぶやきました。
 あっはっは。みなさん。とうとう九月六日になりました。夕方、紫紺染に熱心な人た…

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