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祭の晩
まつりのばん
作品ID1938
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「風の又三郎」 角川文庫、角川書店
1988(昭和63)年12月10日
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-07-29 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 山の神の秋の祭りの晩でした。
 亮二はあたらしい水色のしごきをしめて、それに十五銭もらって、お旅屋にでかけました。「空気獣」という見世物が大繁盛でした。
 それは、髪を長くして、だぶだぶのずぼんをはいたあばたな男が、小屋の幕の前に立って、「さあ、みんな、入れ入れ」と大威張りでどなっているのでした。亮二が思わず看板の近くまで行きましたら、いきなりその男が、
「おい、あんこ、早ぐ入れ。銭は戻りでいいから」と亮二に叫びました。亮二は思わず、つっと木戸口を入ってしまいました。すると小屋の中には、高木の甲助だの、だいぶ知っている人たちが、みんなおかしいようなまじめなような顔をして、まん中の台の上を見ているのでした。台の上に空気獣がねばりついていたのです。それは大きな平べったいふらふらした白いもので、どこが頭だか口だかわからず、口上言いがこっち側から棒でつっつくと、そこは引っこんで向うがふくれ、向うをつつくとこっちがふくれ、まん中を突くとまわりが一たいふくれました。亮二は見っともないので、急いで外へ出ようとしましたら、土間の窪みに下駄がはいってあぶなく倒れそうになり、隣りの頑丈そうな大きな男にひどくぶっつかりました。びっくりして見上げましたら、それは古い白縞の単物に、へんな簑のようなものを着た、顔の骨ばって赤い男で、向うも愕いたように亮二を見おろしていました。その眼はまん円で煤けたような黄金いろでした。亮二が不思議がってしげしげ見ていましたら、にわかにその男が、眼をぱちぱちっとして、それから急いで向うを向いて木戸口の方に出ました。亮二もついて行きました。その男は木戸口で、堅く握っていた大きな右手をひらいて、十銭の銀貨を出しました。亮二も同じような銀貨を木戸番にわたして外へ出ましたら、従兄の達二に会いました。その男の広い肩はみんなの中に見えなくなってしまいました。
 達二はその見世物の看板を指さしながら、声をひそめて言いました。
「お前はこの見世物にはいったのかい。こいつはね、空気獣だなんていってるが、実はね、牛の胃袋に空気をつめたものだそうだよ。こんなものにはいるなんて、おまえはばかだな」
 亮二がぼんやりそのおかしな形の空気獣の看板を見ているうちに、達二が又言いました。
「おいらは、まだおみこしさんを拝んでいないんだ。あした又会うぜ」そして片脚で、ぴょんぴょん跳ねて、人ごみの中にはいってしまいました。
 亮二も急いでそこをはなれました。その辺一ぱいにならんだ屋台の青い苹果や葡萄が、アセチレンのあかりできらきら光っていました。
 亮二は、アセチレンの火は青くてきれいだけれどもどうも大蛇のような悪い臭がある、などと思いながら、そこを通り抜けました。
 向うの神楽殿には、ぼんやり五つばかりの提灯がついて、これからおかぐらがはじまるところらしく、てびらがねだけしずかに鳴って…

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