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青い顔
あおいかお
作品ID197
著者三島 霜川
文字遣い旧字旧仮名
底本 「明治文學全集 72 水野葉舟・中村星湖・三島霜川・上司小劍集」 筑摩書房
1969(昭和44)年5月25日
入力者小林徹
校正者山本奈津恵
公開 / 更新1999-06-17 / 2014-09-17
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

古谷俊男は、椽側に据ゑてある長椅子に長くなツて、兩の腕で頭を抱へながら熟と瞳を据ゑて考込むでゐた。體のあいた日曜ではあるが、今日のやうに降ツては何うすることも出來ぬ。好な讀書にも飽いて了ツた。と謂ツて泥濘の中をぶらついても始まらない。で此うして何んといふことは無く庭を眺めたり、また何んといふことはなく考込むでボンヤリしてゐた。此の二三日絲のやうな小雨がひツきりなしに降續いて、濕氣は骨の髓までも浸潤したかと思はれるばかりだ、柱も疊も惡く濕氣て、觸るとべと/\する。加之空氣がじめ/\して嫌に生温いといふものだから、大概の者は氣が腐る。
「嫌な天氣だな。」と俊男は、奈何にも倦んじきツた躰で、吻ツと嘆息する。「そりや此樣な不快を與へるのは自然の威力で、また權利でもあるかも知れん。けれども此樣な氣候にも耐えてゐなければならんといふ人間は意久地無しだ。要するに人間といふ奴は、雨を防ぐ傘を作へる智慧はあるが、雨を降らさぬやうにするだけの力がないんだ。充らん動物さ、ふう。」と鼻の先に皺を寄せて神經的の薄笑をした。
何しろ退屈で仕方が無い。そこで少し體を起して廣くもない庭を見[#挿絵]して見る。庭の植込は雜然として是と目に付く程の物も無い。それでゐて青葉が繁りに繁ツてゐる故か庭が薄暗い。其の薄暗い中に、紅や黄の夏草の花がポツ/\見える。地べたは青く黒ずむだ苔にぬら/\してゐた………眼の前の柱を見ると、蛞蝓の這ツた跡が銀の線のやうに薄ツすりと光ツてゐた。何を見ても沈だ光彩である。それで妙に氣が頽れて些とも氣が引ツ立たぬ處へ寂とした家の裡から、ギコ/\、バイヲリンを引ツ擦る響が起る。
「また始めやがツた。」と俊男は眉の間に幾筋となく皺を寄せて舌打する。切に燥々して來た氣味で、奧の方を見て眼を爛つかせたが、それでも耐えて、體を斜に兩足をブラり椽の板に落してゐた。
俊男は今年三十になる。某私立大學の倫理を擔任してゐるが、講義の眞面目で親切である割に生徒の受が好くない。自躰心に錘がくツついてゐるか、言にしろ態度にしろ、嫌に沈むでハキ/\せぬ。加之妙にねち/\した小意地の惡い點があツて、些と傲慢な點もあらうといふものだから、何時も空を向いて歩いてゐる學生等には嫌はれる筈だ。性質も沈むでゐるが、顏もくすむでゐる、輪廓の大きい割に顏に些ともゆとりが無く頬は[#挿絵]けてゐる、鼻は尖ツてゐる、口は妙に引締ツて顎は思切つて大きい。理合は粗いのに、皮膚の色が黄ばんで黒い――何方かと謂へば營養不良といふ色だ。迫ツた眉には何んとなく悲哀の色が潛むでゐるが、眼には何處となく人懷慕い點がある。謂はゞ矛盾のある顏立だ。恐らく其の性質にも、他人には解らぬ一種の矛盾があるのではあるまいか。
彼は今別に悲しいとも考へてゐない。然うかと謂つて勿論嬉しいといふやうなことも思ツて居らぬ。たゞ一種淋しいといふ感に強く壓付…

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