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祭日
さいじつ
作品ID2066
原題DAS FAMILIENFEST
著者リルケ ライネル・マリア
翻訳者森 鴎外 / 森 林太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「鴎外選集 第十四巻」 岩波書店
1979(昭和54)年12月19日
初出「心の花 一六ノ一」1912(明治45)年1月1日
入力者tatsuki
校正者浅原庸子
公開 / 更新2001-10-23 / 2016-02-01
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ミサを読んでしまつて、マリア・シユネエの司祭は贄卓の階段を四段降りて、くるりと向き直つて、レクトリウムの背後に蹲つた。それから祭服の複雑な襞の間を捜して、大きいハンカチイフを取り出して、恭しく鼻をかんだ。オルガン音階のC音を出したのである。そして唱へ始めた。「主に於いて眠り給へる帝室評議員アントン・フオン・ヰツク殿の為めに祈祷せしめ給へ。主よ。御身の敬虔なる奴僕アントニウスに慈愛を垂れ給へ。」
 ベンチの第一列に腰を掛けてゐたのが、此時立ち上がつて、さも感動したらしく鼻をかんでゐる男がある。八年前に亡くなつた「敬虔なる奴僕」の弟で、スタニスラウス・フオン・ヰツクと云ふのである。
 祈祷が済むと、現に族長になつてゐるスタニスラウスが、先頭になつて席を起つた。その跡には、薄暗いベンチから身を起して、喪服を着た数人の婦人が続いた。
 街へ出て、スタニスラウスは妹のリヒテル少佐夫人に臂を貸して、並んで歩き出した。その他の人々は二人づつの組を作つて、其跡に続いた。
 誰も物を言ふものはない。一同の目映ゆがるやうな目は、泣いた跡のやうに見えてゐる。腹の透いたのと退屈したのとで、欠が出る。
 一族はこれからイレエネ・ホルンと云ふ未亡人の邸へ食事に行くのである。イレエネは亡くなつたアントンの娘で、ホルンと云ふ夫を持つて、その夫に先立たれてゐるのである。スタニスラウスと並んで歩く少佐夫人は、体の太つたのと反対に、いつも忙しさうに足を早めたがる。それで兄の窮屈げな、葬に立つた時のやうな歩附きとは兎角調子が合ひ兼ねる。スタニスラウスは妹の足の早いのを、慾望的な、現世的な努力を表現してゐるやうに感じて、妹を警醒するやうな口吻で、「兄は可哀さうな男だつたな」と云つた。
 少佐夫人は只頷いた。
 スタニスラウスは二三度肩を聳かして、そして心配らしい、物を聞き定めるやうな顔をした。
 一同はイレエネ・ホルンの家の戸口に着いた。その時スタニスラウスは家族が皆見てゐる前で、さつきの肩の運動を繰り返してゐる。
 イレエネがその様子を見て、じれつたさうに、「をぢさん、どうなすつたの」と云つた。
 スタニスラウスは先づ心配げな顔に、堪忍の表情を蓄へられる丈蓄へて、矢張さつきの肩の運動を繰り返して、溜息を衝いて云つた。「なんだか体がぎごちなくなつたやうだ。礼拝堂で風を引いたのかしらん。」
 イレエネは只頷いた。
 イレエネの妹のフリイデリイケが、さも物をこらへてゐると云ふ口吻で囁いだ。「わたくしもそんな気がいたしますの。」
 こんな事を言ひ合つて、門口を這入つて行く。その時フランス女の家庭教師がイレエネの息子の、七歳になつて、色の蒼いのを連れて、そこへ近寄つて来た。自分も色の蒼いフリイデリイケは、少年の額を撫で上げて遣りながら、腹の内で「この子がこんなに蒼い顔をしてゐるのは、きつと風を引いたのだら…

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