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病院横町の殺人犯
びょういんよこちょうのさつじんはん
作品ID2076
原題THE MURDERS IN THE RUE MORGUE
著者ポー エドガー・アラン
翻訳者森 鴎外 / 森 林太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「鴎外選集 第15巻」 岩波書店
1980(昭和55)年1月22日
初出「新小説 一八ノ六」1913(大正2)年6月1日
入力者tatsuki
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-03-07 / 2014-09-21
長さの目安約 62 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 千八百〇十〇年の春から夏に掛けてパリイに滞留してゐた時、己はオオギユスト・ドユパンと云ふ人と知合になつた。まだ年の若いこの男は良家の子である。その家柄は貴族と云つても好い程である。然るに度々不運な目に逢つて、ひどく貧乏になつた。その為めに意志が全く挫けてしまつて、自分で努力して生計の恢復を謀らうともしなくなつた。幸に債権者共が好意で父の遺産の一部を残して置いてくれたので、この男はその利足でけちな暮しをしてゐる。贅沢と云つては書物を買つて読む位のものである。この位の贅沢をするのはパリイではむづかしくはない。
 己が始てこの男に逢つたのは、モンマルトル町の小さい本屋の店であつた。偶然己とこの男とが同じ珍書を捜してゐたのである。その時心易くなつて、その後度々逢つた。一体フランス人は正直に身の上話をするものだが、この男も自分の家族の話を己に聞かせた。それを己はひどく面白く思つた。それに己はこの男の博覧に驚いた。又この男の空想が如何にも豊富で、一種天稟の威力を持つてゐるので、己の霊はそれに引き入れられるやうであつた。丁度その頃己は或る目的の為めにパリイに滞留してゐたので、かう云ふ男と交際するのは、その目的を遂げるにひどく都合が好いと思つた。その心持を己は打ち明けた。そこでとう/\己がパリイに滞留してゐる間、この男が一しよに住つてくれることになつた。二人の中では己の方が比較的融通が利くので、家賃は己が払ふことにして妙な家を借りた。それはフオオブウル・サン・ジエルマンの片隅の寂しい所にある雨風にさらされて見苦しくなつて、次第に荒れて行くばかりの家である。なんでもこの家に就いては、或る迷信が伝へられてゐるのださうだつたが、我々は別にそれを穿鑿もしなかつた。二人はこの家を借りて、丁度その頃の陰気な二人の心持に適するやうに内部の装飾を施した。
 若しその頃二人がこの家の中でしてゐた生活が世間に知れたら、二人は狂人と看做されたかも知れない。勿論危険な狂人と思はれはしなかつただらう。二人は誰をもこの家に寄せ付けずにゐた。己なんぞは種々の知合があつたのに、この住家を秘して告げなかつた。ドユパンの方ではもう数年来パリイで人に交際せずにゐたのである。そんな風で二人は外から、邪魔を受けずに暮した。
 己の友達には変な癖があつた。どうも癖とでも云ふより外はない。それは夜が好きなのである。己は次第に友達に馴染んで来て、種々の癖を受け続いで、とう/\夜が好きになつた。然るに夜と云ふ黒い神様はいつもゐてはくれぬので、これがゐなくなると工夫して昼を夜にした。我々は夜が明けても窓の鎧戸を開けずに、香料を交ぜて製した蝋燭を二三本焚いてゐる。その蝋燭が怪談染みた微な光を放つのである。この明りの下で我々はわざと夢見心地になつて、読んだり書いたり話したりする。その内本当の夜になつたことが時計で知れる。それか…

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