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作品ID | 2105 |
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著者 | 夢野 久作 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「夢野久作全集6」 ちくま文庫、筑摩書房 1992(平成4)年3月24日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | kazuishi |
公開 / 更新 | 2004-08-05 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 44 ページ(500字/頁で計算) |
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船長の横顔をジッと見ていると、だんだん人間らしい感じがなくなって来るんだ。骸骨を渋紙で貼り固めてワニスで塗上げたような黒いガッチリした凸額の下に、硝子球じみたギョロギョロする眼玉が二つコビリ付いている。マドロス煙管をギュウと引啣えた横一文字の口が、旧式軍艦の衝角みたいな巨大な顎と一所に、鋼鉄の噛締機そっくりの頑固な根性を露出している。それが船橋の欄干に両肱を凭たせて、青い青い秋空の下に横たわる陸地の方を凝視めているのだ。
そのギロリと固定した視線の一直線上に、巨大な百貨店らしい建物の赤い旗がフラフラ動いている。その周囲に上海の市街が展開している上をフウワリと白い雲が並んで行く。
……といったような無事平穏な朝だったがね。昭和二年頃の十月の末だったっけが……。
足音高く船橋に登って行った俺は、その船長の背後でワザと足音高く立停まった。
「おはよう……」
と声をかけたが渋紙面は見向きもしない。何しろ船長仲間でも指折の変人だからね。何か一心に考えていたらしい。
俺は右手に提げた黄色い、四角い紙包を船長の鼻の先にブラ下げてキリキリと回転さした。
「御註文の西蔵紅茶です。やッと探し出したんです」
船長はやっと吃驚したらしく首を縮めた。無言のまま六尺豊かの長身をニューとこっちへ向けて紅茶を受取った。
「ウウ……機関長か……アリガト……」
とプッスリ云った。コンナ時にニンガリともしないのがこの渋紙船長の特徴なんだ。取付きの悪い事なら日本一だろう。こんな男には何でも構わない。殴られたらなぐり返す覚悟でポンポン云ってしまった方が、早わかりするものだ。
「……昨夜、陸上で妙な話を聞いて来たんですがね。今度お雇いになったあの伊那一郎って小僧ですね。あの小僧は有名な難船小僧っていう曰く附きの代物だって、皆、云ってますぜ」
俺はそう云いさしてチョックラ船長の顔色を窺ってみたが、何の反応も無い。相も変らず茶色の謎語像みたいにプッスリしている。無愛相の標本だ。
「あの小僧が乗組んだ船はキット沈むんだそうです。I・INAって聞くと毛唐の高級船員なんか慄え上るんだそうです。乗ったら最後どんな船でも沈めるってんでね。……だから今度はこのアラスカ丸が危えってんで、大変な評判ですがね。陸上の方では……」
これだけ云っても船長の渋紙面は依然として渋紙面である。ネービー・カットの煙をプウと吹いた切り、軍艦みたいな顎を固定してしまった。しかし黒い硝子球は依然として俺の眼と鼻の間をギョロリと凝視している。モット俺の話を聞きたがっているらしいんだ。
「あの小僧は小ちゃくて容姿が美いので毛唐の変態好色連中が非常に好くんだそうです。あの小僧も亦、毛唐の高級に抱かれるとステキに金が儲かるんで、船にばっかり乗りたがるんだそうですが、不思議な事にあの小僧が乗った船で、沈まない船は一艘も無いんだそう…