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![]() むけいとうコレラ |
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作品ID | 2114 |
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著者 | 夢野 久作 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「夢野久作全集10」 ちくま文庫、筑摩書房 1992(平成4)年10月22日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | しず |
公開 / 更新 | 2001-01-16 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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法医学者の不平を話せ。新聞に書くからって云うのかね。
アハハハハ。御免蒙ろうよ。不平が云いたい位なら最初からコンナ仕事に頭を突込みやしないよ。モトモト物好きで這入った研究なんだから今更、不平を云ったって初まらないだろう。新聞になんか書かれたら、いい恥晒しだぜ。書いちゃいけないよ。いいかい。
ウン。といってそれあ在るには在るよ。
第一法医学なんていう名前からして不平だ。コンナ馬鹿馬鹿しい名前はないよ。
たしか明治二十四五年頃に、大先輩の片山先生が附けられた名前だと思うが、悪く云っちゃ相済まないんだがね。その前には鑑定医学、断訴医学、裁判医学なんて呼ばれていたもんだ。むろんソンナ名前の一つだって吾々の仕事を引っくるめた意味を含んだものはない。名前なんてドウでもよさそうなもんだが、妙なもんだね。自分の仕事を意味しない名前の学問を研究していると、石炭掘りに来て芋を掘らせられるような気がするよ。
現在当大学では吾輩の監督の下に、解剖、血清、細菌、検診、毒物、精神病、心理、詐病鑑定、災害検診なんて仕事を研究しているにはいるんだが……この範囲なら「法医学」と名附けられても文句はないんだが、それ位の研究じゃナカナカ責任は果されないんだ。
要するに、あらゆる科学智識を、百科全書式に応用して、法律上の諸問題を解決するっていうんだから、手ッ取早く云えば所謂、名探偵の助手みたいなもんだよ。
小説なんかに出て来る西洋の名探偵は、吾々が大勢がかりで、手を分けて研究している仕事をタッタ一人で研究し、知りつくしているんだから驚くよ。ソンナ頭脳がこの世に在り得るか、どうかという事からして問題だと思うがね。しかも、そいつを非常な機智と胆才でもって犯罪事件に応用して、的確に事件の真相を看破して行くんだから、名探偵の仕事ってものは頗る痛快な仕事に相違ないがね。吾々の仕事となるとナカナカそうは行かないんだ。医学関係の問題だけでも研究の余地が無限に拡がっているのに、医学以外のありとあらゆる不可思議現象に対して、責任ある断定を下さなければならないから往生するよ。
チョット呼ばれて裁判所に行っていると、この証文の墨色の真偽を鑑定しろと来るんだ。マルッキリ医者の仕事じゃないやね。
この帽子を冠った奴の職業と年齢を問う。この蠅は生後何箇月ぐらいで如何なる処に発生したるものなりや……なんかと来る。今に火星人類の指紋の有無を尋ねられるんじゃないかと思ってビクビクするね。しかもそのたんびに宣誓させられるんだから遣り切れないよ。法医学部専門の大英百科全書を買ってくれと、毎年毎年予算に出してはいるがね。ナカナカ買ってくれないので困っているんだ。イヤ、笑いごとじゃないんだよ。大英百科全書を引っくり返せば直ぐにわかる事を、ワザワザ吾輩の処へ尋ねに来る裁判所や、警察があるんだからね。チョイチョイ……。
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