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洋灯
ようとう
作品ID2150
著者横光 利一
文字遣い新字新仮名
底本 「昭和文学全集 第5巻」 小学館
1986(昭和61)年12月1日
入力者阿部良子
校正者松永正敏
公開 / 更新2002-05-29 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 このごろ停電する夜の暗さをかこっている私に知人がランプを持って来てくれた。高さ一尺あまりの小さな置きランプである。私はそれを手にとって眺めていると、冷え凍っている私の胸の底から、ほとほとと音立てて燃えてくるものがあった。久しくそれは聞いたこともなかったものだというよりも、もう二度とそんな気持を覚えそうもない、夕ごころに似た優しい情感で、温まっては滴り落ちる雫くのような音である。初めて私がランプを見たのは、六つの時、雪の降る夜、紫色の縮緬のお高祖頭巾を冠った母につれられて、東京から伊賀の山中の柘植という田舎町へ帰ったときであった。そこは伯母の家で、竹筒を立てた先端に、ニッケル製の油壺を置いたランプが数台部屋の隅に並べてあった。その下で、紫や紅の縮緬の袱紗を帯から三角形に垂らした娘たちが、敷居や畳の条目を見詰めながら、濃茶の泡の耀いている大きな鉢を私の前に運んで来てくれた。これらの娘たちは、伯母の所へ茶や縫物や生花を習いに来ている町の娘たちで二三十人もいた。二階の大きな部屋に並んだ針箱が、どれも朱色の塗で、鳥のように擡げたそれらの頭に針がぶつぶつ刺さっているのが気味悪かった。
 生花の日は花や実をつけた灌木の枝で家の中が繁った。縫台の上の竹筒に挿した枝に対い、それを断り落す木鋏の鳴る音が一日していた。
 ある日、こういう所へ東京から私の父が帰って来た。父は夜になると火薬をケースに詰めて弾倉を作った。そして、翌朝早くそれを腹に巻きつけ、猟銃を肩に出ていった。帰りは雉子が二三羽いつも父の腰から垂れていた。
 少いときでも、ぐったり首垂れた鳩や山鳥が瞼を白く瞑っていた。父が猟に出かける日の前夜は、定って母は父に小言をいった。
「もう殺生だけはやめて下さいよ。この子が生れたら、おやめになると、あれほど固く仰言ったのに、それにまた――」
 母が父と争うのは父が猟に出かけるときだけで、その間に坐っていた私はあるとき、
「喧嘩もうやめて。」
 と云うと、急に父と母が笑い出したことがある。しかし、父の猟癖は止まらなかった。一度、私は猟銃姿の父の後からついていったことがあった。川を渡ったり、杉の密集している急な崖をよじ登ったりして、父の発砲する音を聞いていたが、氷の張りつめた小川を跳び越すとき、私は足を踏み辷らして、氷の中へ落ち込み、父から襟首を持って引き上げられた。それから二度と父はもう私をつれて行ってはくれなかった。
 父がまた旅に立ってしばらくしたある日、私は母につれられ隣村へ行った。沢山な人が私のいったその家に集っていて、大皿や鉢に、牛蒡や人参や、鱈や、里芋などの煮つめたものが盛ってある間を、大きな肩の老人が担がれたまま、箱の中へ傾けて入れられるところだった。それが母の父の死の姿だった。また、人の死の姿を私の見たのはそれが初めだった。日が明るかった。そしてその村からの帰…

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