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作品ID | 2153 |
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著者 | 横光 利一 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本の名随筆14 夢」 作品社 1984(昭和59)年1月25日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2008-02-04 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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夢
私の父は死んだ。二年になる。
それに、まだ私は父の夢を見たことがない。
良い夢
夢は夢らしくない夢がよい。人生は夢らしくない。それがよい。
性欲の夢
トルストイがゴルキーに君はどんな恐ろしい夢を見たかと質問した。
「長靴がひとり雪の中をごそごそと歩いていた。」とゴルキーが答えた。
「うむ、それは性欲から来ているね。」と、いきなりトルストイは解答を与えた。
何ぜか、これは少し興味がある。
恐い夢
私は歯の抜ける夢をしばしば見る。音もなくごそりと一つの歯が抜ける。すると二つが抜ける。三つが抜けたと思わないのに、不思議に皆抜けているのである。赤い歯茎だけが尽く歯を落して了って、私の顔であるにも拘らずその歯を落した私の顔が私にからかって来るのである。
夢の解答
私は今年初めて伯父に逢った。伯父は七十である。どう云う話のことからか話が夢のことに落ちて行った。そのとき伯父は七十の年でこう云った。
「夢と云うものは気にするものではない。長い間夢も見て来たが皆出鱈目だ。」
たまらぬ夢
ある小説に、妻が他の男と夢の中でけしからぬ悦び事をしているにちがいないと思って悩む男のことが書いてあった。男はそれを、
「たまらぬことだ。」と云っていた。
なるほど、これはたまらぬことだ。手のつけようがないではないか。そう云う妻の行為に対する処罰の方法は! それは空を見ることだ。空を見ると、夜なれば星と月。星と月とを見ていれば、総てが夢だと思うだろう。空は無いもの。夢は空と同じ質のものに相違ない。
夢の定義
生理学の夢の定義は、夢とは催眠中の記憶が現識の中に呼び起されたものだと云う。してみれば、夢の中の妻の行為は良人にとっては重大なことである。
夢の効果
愛人を喜ばすには、
「私は昨夜あなたの夢を見ましたよ。」と云うが良い。
なお喜んで貰うためには、
「私はこれからあなたの夢を毎夜見ようと思います。」と云うが良い。
またもし彼女と争うた場合には、
「ああ、私は今夜あなたと争った夢を見なければなりません。」と云えば良い。
そうしてもしも、彼女が君を裏切ったときが来たならば、いとも悲しく細々と、
「私は毎夜あなたの夢をひとり見て楽しむことといたしましょう。」と云い給え。
またもし君が彼女を裏切った日が来たならば、
「私はあなたの夢となって生涯お怨みいたします。」と云われなければ君は不徳な男である。
痛快な夢
私は喧嘩をした。負けた。蹴り落された。どこへともなく素張らしい勢いで落ち込んで行く。ハッと思うと、私の身体はまん円い物の上へどしゃりッと落ったのだ。はてな―ふわふわする。何ァんだ。他愛もない地球であった。私は地球を胸に抱きかかえて大笑いをしているのである…