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作品ID | 2191 |
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著者 | 蘭 郁二郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「火星の魔術師」 国書刊行会 1993(平成5)年7月20日 |
初出 | 「ユーモアクラブ」1940(昭和15)年2月 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 川山隆 |
公開 / 更新 | 2007-01-16 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 22 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「おやっ? 彼奴」
村田が、ひょっと挙げた眼に、奥のボックスで相当御機嫌らしい男の横顔が、どろんと澱んだタバコの煙りの向うに映った――、と同時に
(彼奴はたしか……)
と、思い出したのである。
「君、あの一番奥のボックスの男にね、喜村さんじゃありませんか、って聞いて来てくれないか、――もしそうだったらここに村田がいるっていってね」
「あら、ご存じなの……」
「うん、たしか喜村に違いないと思うんだが……」
「じゃ聞いて来たげるわ」
ハルミが、べっとりと唇紅のついた吸いかけの光を置いて、立って行った。
と、すぐに、聞きに行ったハルミよりも先きに、相当廻っているらしい足を踏みしめながら、近づいて来たのは、矢ッ張り中学時代の級友喜村謙助に違いなかった。
「おう、村田か、しばらくだったな」
そういって、つるんと鼻のしたを撫ぜた為種まで、思い出すまでもなくその頃からの喜村の癖だった。
「どうだい、その後は……」
村田が、まあ掛けろ、というように椅子を指して
「それはそうと、珍らしいところで逢ったもんじゃないか……、たしか高等学校の二年で忽然と姿を消しちまったって噂だが、――誰かがそういってたぜ」
「まさに、その通り」
「ふーん」
「忙しいんでね――」
「何やってんだ、一体――。別に学校を退めるほどの事情もなさそうだったが、働かなきゃならんほどの」
「犬――を飼ってるよ、それが仕事さ」
「へーえ」
「学校なんかよかグンと面白い――。それに今は時節柄、軍用犬の方の仕事もひどく忙しいんでね」
「おやおや、犬が好きだってことは聞いていたが……、すると犬屋か」
「左様――」
喜村は、又鼻の下を撫ぜて、大きく頷くと、何かを思い出したように、あわてて元のボックスに戻って、脱ぎのこしてあったオーバーを抱えて来た。
「おい見ろよ」
「え――」
喜村は、オーバーのポケットから小猫のような犬を抓み出した。ポケットテリヤだった。
「まあ可愛い、一寸抱かしてね……」
早速ハルミが抱いてしまって
「なんて名前――? ほしいわ」
「都合によっては、やらんこともない――」
「まあ、ほんと」
「ほんと、さ」
「おい、喜村。こういう手があるとは知らなかったね」
「はっははは」
「ねえ、なんて名前よ」
「名前か――、ムラタ」
「ムラタ? ――ムラタ、チンチン」
「くさらすない」
村田は、むっとしたように眼をむいた。
「はっははは、しかし可愛いだろ、こんなのは余興だけど家にゃ素晴らしいのがいるぜ、犬の王者のセントバーナードの仔もいる、こいつは少し、混っているかも知れんが」
「なあんだ」
村田は、一寸鬱憤をはらして
「今、何処にいるんだい……、矢ッ張り前の大森……」
「いや越したよ、茅ヶ崎にいる、大森あたりはじゃんじゃん工場が建っちまってね、犬の奴が神経衰弱になるんだ」…