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![]() かせいのまじゅつし |
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作品ID | 2193 |
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著者 | 蘭 郁二郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「火星の魔術師」 国書刊行会 1993(平成5)年7月20日 |
初出 | 「ユーモアクラブ」1941(昭和16)年5月 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 川山隆 |
公開 / 更新 | 2007-01-16 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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高原の秋
「いい空気だなア――」
英二はそういって、小鼻をびくびくさせ、両の手を野球の投手のように思い切り振廻した。
「うん。まったく澄み切ってるからね、――どうだい矢ッ張り来てよかったろう、たまにこういうところに来るのも、なんともいえん気持じゃないか」
大村昌作は、あまり気のすすまなかったらしい英二を、勧誘これつとめた挙句、やっとこの、いささか季節はずれの高原に引っ張って来た手前、どうやら彼が気に入った様子に、何よりも先ずホッとした。
「そういわれると困るな」
英二がすぐ振り向いて
「何しろここまで来ると空気以外に褒めもんがないんですからね」
「まあ、そういうなよ、今年は十五年ぶりで火星が近づいているんだ、この空気の澄んでいる高原は、火星観測には持って来いなんだよ」
「そりゃそうかも知れんけど……、その辺を一寸歩いて見ませんか、星が出るまでにはまだ間がありますよ」
「うん……」
大村は苦笑すると、英二と一緒におもてに出た。
秋空に浮くちぎれ雲が、午後の陽に透けて光っていた。
火星観測――などというと、いかにも錚々たる天文学者の一行のように聞こえるけれど、実は大村昌作はサラリーマンなのだ。只のサラリーマンには違いないが、それでも会社の中で同好の者たちで作っている『星の会』の幹事ではあるし、特に『火星』という奴には人一倍の興味と関心を持っている――つまり素人天文家をもって自ら任じているのである。だから、たまたま今度の休暇に、丁度火星が十五年ぶりで地球に近づくというので、従弟の英二を誘って、かねて文通から知り合いになった私設天文台のあるこの高原に、骨休みかたがたやって来たわけであった。
「とにかく火星のことになると夢中なんだからなあ、昌作さんは」
「いいじゃないか」
「いいですよ、とてもいい趣味ですけど――」
「ですけどとはなんだい、妙ないい方だね」
「そんなことないですよ、――それはそうと、どんなキッカケから昌作さんは火星狂になったんですか」
「火星狂――? そんな言葉があるかね、狂は少しひどいぞ」
「おこっちゃいけませんよ、狂といったっていい意味です、その野球狂とか飛行狂とか――つまりファンですね」
「こいつ、うまく逃げたな、まあいいさ、何んだって興味を持てば持つほど面白くなって来るんだ、たとえば火星という奴は、あんなに沢山星のあるなかで一際赤く光っている。ぼくも最初に興味をもったのはこの事かな」
「今でもですか」
「冗談じゃないよ、そんなに何時まで、ただ星が赤いからって面白がっていられるもんか」
「じゃ、何んです」
「今のところ最大の興味は『火星の生物』のことだね、とにかく無数の星の中で地球に一番近い兄弟分というばかりか、何か生物がいるに違いない、と思われるのはこの火星だけだからね」
「近いといえば月は――?」
「そりゃ、近いという…