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宇宙爆撃
うちゅうばくげき
作品ID2194
著者蘭 郁二郎
文字遣い新字新仮名
底本 「火星の魔術師」 国書刊行会
1993(平成5)年7月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2007-01-16 / 2014-09-21
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 所長の発表が終ると、文字通り急霰のような拍手がまき起った。
 その中でただ一人木曾礼二郎だけが、呆然とした顔つきで、拍手をするでもなく、頬をほころばすでもなく、気抜けのように突立っていた。
「おい、木曾君――」
 ぽんと肩を叩かれて、はっと気がつくと、すでに研究所の中庭にあつめられていた所員たちの姿は、ほとんど去りかけていた。勿論、いつの間にか壇上の老所長の姿も消えてしまっている。
「どうしたんだ、ばかにぼんやりしてるじゃないか」
「……いやあ」
「はっは、腐ってるんだな、わかるよ、腐るな腐るな」
「いやあ、何も……」
「ふっふっふ、いいじゃないか、希望を持て希望を――、何も今度ぽっきりのことじゃないんだからな、きっと俺たちも行くようになるぜ」
 肩を叩いた長田が、慰めるような眼で、木曾の顔を覗込んだ。木曾は、その眼から顔を外らすと、
「そんなことじゃない」
「そんなことじゃないって――、じゃあ何んだね、何んにもないじゃないか、そんなにスネるもんじゃないぜ、そんなに行きたけりゃ、所長の方へ申出て置けよ、俺は早速申出るつもりだ」
「ふむ……」
「君の分も、申込んで置こうか」
「いや、いいよ」
 木曾は、はげしくかぶりを振ると、思い出したように歩き出した。
「――いいよ、自分のことは自分でする」
 研究所の中庭の、杜鵑花の咲いているコンクリートの池を廻って、すたすたと自分の室に帰って行った。親切にいってくれた長田には済まないようだけれど、木曾は、とても話をするのでさえおっくうだった。早く独りになって、眼をつぶって見たかった。
 実験室はガランとして部屋の者は誰もまだ帰っていなかった。いまの所長の発表に、所員たちはきっと其処此処に一かたまりずつになって、噂の花を咲かせているのであろう。おそらく今日一日は、誰も仕事が手につくまい――。木曾は、その誰もいない実験室を横眼で見ると、頬を歪めたまま通り抜けた。そして隣りの自分の部屋のドアーを、突飛ばすようにして潜り、デスクの前の廻転椅子にドサリと腰をおろした。デスクに肘をのせ、頭を抱えるようにして眼をつぶると、外庭の植込みの方で何やら話しあっている所員たちの弾んだ話声が途切れ途切れに聞えていた。
「あの、どうかなさったんですか、木曾さん……」
「エ?」
 誰もいないと思っていた木曾は、その突然の声に、ぎょっとして振り向いた。
「ご気分でも……」
 そういって、心持ちくびをかしげ、細い眉をしかめて立っていたのは、思いがけなかった助手の石井みち子だった。
「なんだ、石井さんがここにいたのか……、今の、所長の話を聞いたかね」
「えっ」
「あ、そうそう、石井さんも行く方だったね」
「はあ――、でも私なんかに勤まりますかしら」
「大丈夫だよ、あんたならきっとしっかりやってくれる……、あんたに行かれるのは残念だけ…

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