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![]() じゅもくとそのは |
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作品ID | 2210 |
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副題 | 16 酒の讃と苦笑 16 さけのさんとくしょう |
著者 | 若山 牧水 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「若山牧水全集 第七卷」 雄鷄社 1958(昭和33)年11月30日 |
入力者 | 柴武志 |
校正者 | 浅原庸子 |
公開 / 更新 | 2001-03-20 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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それほどにうまきかとひとの問ひたらば何と答へむこの酒の味
眞實、菓子好の人が菓子を、渇いた人が水を、口にした時ほどのうまさをば酒は持つてゐないかも知れない。一度口にふくんで咽喉を通す。その後に口に殘る一種の餘香餘韻が酒のありがたさである。單なる味覺のみのうまさではない。
無論口であぢはふうまさもあるにはあるが、酒は更に心で噛みしめる味ひを持つて居る。あの「醉ふ」といふのは心が次第に酒の味をあぢはつてゆく状態をいふのだと私はおもふ。斯の酒のうまみは單に味覺を與へるだけでなく、直ちに心の營養となつてゆく。乾いてゐた心はうるほひ、弱つてゐた心は蘇り、散らばつてゐた心は次第に一つに纒つて來る。
私は獨りして飮むことを愛する。
かの宴會などといふ場合は多くたゞ酒は利用せられてゐるのみで、酒そのものを味はひ樂しむといふことは出來難い。
白玉の齒にしみとほる秋の夜の酒は靜かに飮むべかりけり
酒飮めば心なごみてなみだのみかなしく頬を流るるは何ぞ
かんがへて飮みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ
われとわが惱める魂の黒髮を撫づるとごとく酒は飮むなり
酒飮めば涙ながるるならはしのそれも獨りの時にかぎれり
然し、心の合うた友だちなどと相會うて杯を擧ぐる時の心持も亦た難有いものである。
いざいざと友に盃すすめつつ泣かまほしかり醉はむぞ今夜
語らむにあまり久しく別れゐし我等なりけりいざ酒酌まむ
汝が顏の醉ひしよろしみ飮め飮めと強ふるこの酒などかは飮まぬ
朝の酒の味はまた格別のものであるが、これは然し我等浪人者の、時間にも爲事の上にもさまでに嚴しい制限の無い者にのみ與へられた餘徳であるか知れぬ。雨、雪など、庭の草木をうるほしてゐる朝はひとしほである。
時をおき老樹のしづく落つるごと靜けき酒は朝にこそあれ
普通は晩酌を稱ふるが、これはともすれば習慣的になりがちで、味は薄い。私は寧ろ深夜の獨酌を愛する。
ひしと戸をさし固むべき時の來て夜半を樂しくとりいだす酒
夜爲事の後の机に置きて酌ぐウヰスキーのコプに蚊を入るるなかれ
疲れ果て眠りかねつつ夜半に酌ぐこのウヰスキーは鼻を燒くなり
鐵瓶のふちに枕しねむたげに徳利かたむくいざわれも寢む
醉ひ果てては世に憎きもの一もなしほとほと我もまたありやなし
一刻も自分を忘るゝ事の出來ぬ自己主義の、延いて其處から出た現實主義物質主義に凝り固まつてゐる阿米利加に禁酒令の布かれたは故ある哉である。
洋酒日本酒、とり/″\に味を持つて居るが、本統におちついて飮むには日本酒がよい。
サテ、此處まで書いて來るともう與へられた行數が盡きた。
初め、酒の讚を書けといふ手紙を見た時、我知らず私は苦笑した。なぜ苦笑したか。
要するに私など、自分の好むものにいつ知らず救はれ難く溺れてゐた觀がある。朝飯晝飯の膳にウヰスキーかビールを、夕飯の…