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中国怪奇小説集
ちゅうごくかいきしょうせつしゅう
作品ID2241
副題14 剪灯新話(明)
14 せんとうしんわ(みん)
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「中国怪奇小説集」 光文社文庫、光文社
1994(平成6)年4月20日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄
公開 / 更新2003-09-27 / 2014-09-18
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 第十二の夫人は語る。
「今晩は主人が出ましてお話をいたす筈でございましたが、よんどころない用事が出来まして、残念ながら俄かに欠席いたすことになりました。就きましては、お前が名代に出て何かのお話を申し上げろということでございましたが、無学のわたくしが皆さま方の前へ出て何も申し上げるようなことはございません。唯ほんの申し訳ばかりに、どなたも御存じの『剪燈新話』のお話を少々申し上げて御免を蒙ります。
 わたくしどもにはよく判りませんが、支那の小説は大体に於いて、唐と清とが一番よろしく、次が宋で、明朝の作は余り面白くないのだとか申すことでございます。殊に今晩の御趣意を承わりまして、主人もお話の選択によほど苦しんでいたようでございました。しかし支那の本国ではともかくも、日本では昔から『剪燈新話』がよく知られて居りまして、これは御承知の通り、明の瞿宗吉の作ということになって居ります。その作者に就いては多少の異論もあるようでございますが、ここでは普通一般の説にしたがって、やはり瞿宗吉の作といたして置きましょう。
 今まで皆さんがお話しになったものとは違いまして、この『剪燈新話』は一つのお話が比較的に長うございますから、今晩はそのうちの『申陽洞記』と『牡丹燈記』の二種を選んで申し上げることにいたします。馬琴の『八犬伝』のうちに、犬飼現八が庚申山で山猫の妖怪を射る件がありますが、それはこの『申陽洞記』をそっくり書き直したものでございます。一方の『牡丹燈記』が浅井了意の『お伽ぼうこ』や、円朝の『牡丹燈籠』に取り入れられているのは、どなたも能く御存じのことでございましょう。前置きは先ずこのくらいにいたしまして、すぐに本文に取りかかります」

   申陽洞記

 隴西の李徳逢という男は当年二十五歳の青年で、馬に騎り、弓をひくことが上手で、大胆な勇者として知られていましたが、こういう人物の癖として家業にはちっとも頓着せず、常に弓矢を取って乗りまわっているので、土地の者には爪弾きされていました。
 そういうわけで、身代もだんだんに衰えて来ましたので、元の天暦年間、李は自分の郷里を立ち退いて、桂州へ行きました。そこには自分の父の旧い友達が監郡の役を勤めているので、李はそれを頼って行ったのですが、さて行き着いてみると、その人はもう死んでしまったというので、李も途方に暮れました。さりとて再び郷里へも帰られず、そこらをさまよい歩いた末に、この国には名ある山々が多いのを幸いに、その山々のあいだを往来して、自分が得意の弓矢をもって鳥や獣を射るのを商売にしていました。
「自分の好きなことをして世を送っていれば、それで結構だ」
 こう思って、彼は平気で毎日かけ廻っていました。すると、ここに銭という大家がありまして、その主人は銭翁と呼ばれ、この郡内では有名な資産家として知られていました。銭の家には今年…

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