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中国怪奇小説集
ちゅうごくかいきしょうせつしゅう |
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作品ID | 2242 |
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副題 | 15 池北偶談(清) 15 ちほくぐうだん(しん) |
著者 | 岡本 綺堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中国怪奇小説集」 光文社文庫、光文社 1994(平成6)年4月20日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2003-09-27 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 22 ページ(500字/頁で計算) |
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第十三の男は語る。
「清朝もその国初の康煕、雍正、乾隆の百三十余年間はめざましい文運隆昌の時代で、嘉慶に至って漸く衰えはじめました。小説筆記のたぐいも、この隆昌時代に出たものは皆よろしいようでございます。わたくしはこれから王士禎の『池北偶談』について少しくお話をいたそうと存じます。王士禎といってはお判りにならないかも知れませんが、王漁洋といえば御存じの筈、清朝第一の詩人と推される人物で、無論に学者でございます。
この『池北偶談』はいわゆる小説でもなく、志怪の書でもありません。全部二十六巻を談故、談献、談芸、談異の四項に分けてありまして、談異はその七巻を占めて居ります。右の七巻のうちから今夜の話題に適したようなものを選びまして、大詩人の怪談をお聴きに入れる次第でございます」
名画の鷹
武昌の張氏の嫁が狐に魅まれた。
狐は毎夜その女のところへ忍んで来るので、張の家では大いに患いて、なんとかして追い攘おうと試みたが、遂に成功しなかった。
そのうちに、張の家で客をまねくことがあって、座敷には秘蔵の掛物をかけた。それは宋の徽宗皇帝の御筆という鷹の一軸である。酒宴が果てて客がみな帰り去った後、夜が更けてからかの狐が忍んで来た。
「今夜は危なかった。もう少しでひどい目に逢うところであった」と、狐はささやいた。
「どうしたのです」と、女は訊いた。
「おまえの家の堂上に神鷹がかけてある。あの鷹がおれの姿をみると急に羽ばたきをして、今にも飛びかかって来そうな勢いであったが、幸いに鷹の頸には鉄の綱が付いているので、飛ぶことが出来なかったのだ」
女は夜があけてからその話をすると、家内の者どもも不思議に思った。
「世には名画の奇特ということがないとは言えない。それでは、試しにその鷹の頸に付いている綱を焼き切ってみようではないか」
評議一決して、その通りに綱を切って置くと、その夜は狐が姿をみせなかった。翌る朝になって、その死骸が座敷の前に発見された。かれは霊ある鷹の爪に撃ち殺されたのであった。
その後、張の家は火災に逢って全焼したが、その燃え盛る火焔のなかから、一羽の鷹の飛び去るのを見た者があるという。
無頭鬼
張献忠はかの李自成と相列んで、明朝の末期における有名の叛賊である。
彼が蜀の成都に拠って叛乱を起したときに、蜀王の府をもってわが居城としていたが、それは数百年来の古い建物であって、人と鬼とが雑居のすがたであった。ある日、後殿のかたにあたって、笙歌の声が俄かにきこえたので、彼は怪しんでみずから見とどけにゆくと、殿中には数十の人が手に楽器を持っていた。しかも、かれらにはみな首がなかった。
さすがの張献忠もこれには驚いて地に仆れた。その以来、かれは其の居を北の城楼へ移して、ふたたび殿中には立ち入らなかった。
張巡の妾
唐の安禄山が…