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しゅじゅつ
作品ID2245
著者小酒井 不木
文字遣い新字新仮名
底本 「現代怪奇小説集 中島河太郎・紀田順一郎編」 立風書房
1988(昭和63)年7月10日
入力者藤真新一
校正者柳沢成雄
公開 / 更新2002-10-19 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ×月×日、私の宅で、「探偵趣味の会」の例会を開きました。随分暑い晩でしたが、でも、集ったのは男の人が五人、女の人が三人、私を加えて都合九人、薄暗い電燈の光の下で、鯰の血のような色をした西瓜をかじり乍ら、はじめは、犯罪や幽霊に関するとりとめもない話を致しました。
「……それにしても九人というのは面白いですねえ。西洋の伝説にある妖婆は、九という数を非常に好むという話ですから」と、会社員で西洋文学通のN氏は言い出しました。いつの間にか私たちは怪談気分にひたって居たこととて、妖婆という言葉が、いつもより物凄く私の胸に響きました。
 N氏は続けました。「シェクスピアのマクベス劇で、三人の妖婆が魔薬を煮るところは可なり恐しい思いをさせられます。その魔薬の成分の一つとして、子豚を九疋食った牝豚の血が、鍋の中へ入れられますが、あの無邪気に見える豚でも、共食いするかと思うと、何となく気味の悪いものですねえ……」
 こういってN氏は、私たち九人が、恰も九疋の子豚で、今にも牝豚ならぬ妖婆が、私たちを食べにでも来そうな雰囲気を作り出しました。
 この時、弁護士のS氏は言いました。「どうです、いま、共食いの話が出た序に、今晩は、人間の共食いを話題としようではありませんか」
「いい題目です。皆さんどうです?」と私が申しました。
「大賛成!」「結構ですわ!」と皆々同意されましたので、私は申しました。
「先ず隗より始めよということがありますから、最初にSさんに御願い致しましょう」
 S氏は頭を掻いて、「どうも、とんだことを言い出しましたねえ」といい乍ら、でも、すなおに話し始めました。法律家であるだけに、穂積博士の「隠居論」に載って居る食人の例をよく記憶して居られて、老人隠居の風習の起りは「食人俗」にあることまで、極めて秩序的に説明してくれました。
 それから、私が話す番になったので、私は変態性慾と食人との関係について色々の例を述べて説明しました。恋人を殺してその心臓を切り出し、それを粉砕して、パンの中に焼き込んで食べた男の話などは、いつもならば何ともありませんが、今夜に限って、自分ながら妙な気持になり、外から盗人のようにはいって来るなまぬるい風さえ、血腥い臭いを持って居るかのように、思われました。
 次に大衆文芸作家K氏の日本文学にあらわれた食人の話があり、それについで、男の方も女の方もそれぞれ、凄い、面白い話をされ、最後にC子さんの番になりました。C子さんは数年前まで看護婦をして居られたのですが、故あって今はタイピストをして居られます。
「それでは、今度はC子さんに御願い致しましょう」と私が申しますと、C子さんは、何故か先刻から二三度太息をついて居られましたが、この時、決心したように言いました。
「思い切って御話することに致しましょう。実は私が看護婦をやめましたのも、ある御方の食人が動…

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