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失敗園
しっぱいえん
作品ID2264
著者太宰 治
文字遣い新字新仮名
底本 「太宰治全集3」 ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年10月25日
入力者柴田卓治
校正者渥美浩子
公開 / 更新2000-04-27 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

(わが陋屋には、六坪ほどの庭があるのだ。愚妻は、ここに、秩序も無く何やらかやら一ぱい植えたが、一見するに、すべて失敗の様子である。それら恥ずかしき身なりの植物たちが小声で囁き、私はそれを速記する。その声が、事実、聞えるのである。必ずしも、仏人ルナアル氏の真似でも無いのだ。では。)

 とうもろこしと、トマト。

「こんなに、丈ばかり大きくなって、私は、どんなに恥ずかしい事か。そろそろ、実をつけなければならないのだけれども、おなかに力が無いから、いきむ事が出来ないの。みんなは、葦だと思うでしょう。やぶれかぶれだわ。トマトさん、ちょっと寄りかからせてね。」
「なんだ、なんだ、竹じゃないか。」
「本気でおっしゃるの?」
「気にしちゃいけねえ。お前さんは、夏痩せなんだよ。粋なものだ。ここの主人の話に拠ればお前さんは芭蕉にも似ているそうだ。お気に入りらしいぜ。」
「葉ばかり伸びるものだから、私を揶揄なさっているのよ。ここの主人は、いい加減よ。私、ここの奥さんに気の毒なの。それや真剣に私の世話をして下さるのだけれども、私は背丈ばかり伸びて、一向にふとらないのだもの。トマトさんだけは、どうやら、実を結んだようね。」
「ふん、どうやら、ね。もっとも俺は、下品な育ちだから、放って置かれても、実を結ぶのさ。軽蔑し給うな。これでも奥さんのお気に入りなんだからね。この実は、俺の力瘤さ。見給え、うんと力むと、ほら、むくむく実がふくらむ。も少し力むと、この実が、あからんで来るのだよ。ああ、すこし髪が乱れた。散髪したいな。」

 クルミの苗。

「僕は、孤独なんだ。大器晩成の自信があるんだ。早く毛虫に這いのぼられる程の身分になりたい。どれ、きょうも高邁の瞑想にふけるか。僕がどんなに高貴な生まれであるか、誰も知らない。」

 ネムの苗。

「クルミのチビは、何を言っているのかしら。不平家なんだわ、きっと。不良少年かも知れない。いまに私が花咲けば、さだめし、いやらしい事を言って来るに相違ない。用心しましょう。あれ、私のお尻をくすぐっているのは誰? 隣りのチビだわ。本当に、本当に、チビの癖に、根だけは一人前に張っているのね。高邁な瞑想だなんて、とんでもない奴さ。知らん振りしてやりましょう。どれ、こう葉を畳んで、眠った振りをしていましょう、いまは、たった二枚しか葉が無いけれども、五年経ったら美しい花が咲くのよ。」

 にんじん。

「どうにも、こうにも、話にならねえ。ゴミじゃ無え。こう見えたって、にんじんの芽だ。一箇月前から、一分も伸びねえ。このまんまであった。永遠に、わしゃ、こうだろう。みっともなくていけねえ。誰か、わしを抜いてくれないか。やけくそだよ。あははは。馬鹿笑いが出ちゃった。」

 だいこん。

「地盤がいけないのですね。石ころだらけで、私はこの白い脚を伸ばす事が出来ませぬ。なんだか…

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