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秋風記
しゅうふうき |
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作品ID | 2267 |
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著者 | 太宰 治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「太宰治全集2」 ちくま文庫、筑摩書房 1988(昭和63)年9月27日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 1999-09-17 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 17 ページ(500字/頁で計算) |
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立ちつくし、
ものを思へば、
ものみなの物語めき、 (生田長江)
あの、私は、どんな小説を書いたらいいのだろう。私は、物語の洪水の中に住んでいる。役者になれば、よかった。私は、私の寝顔をさえスケッチできる。
私が死んでも、私の死顔を、きれいにお化粧してくれる、かなしいひとだって在るのだ。Kが、それをしてくれるであろう。
Kは、私より二つ年上なのだから、ことし三十二歳の女性である。
Kを、語ろうか。
Kは、私とは別段、血のつながりは無いのだけれど、それでも小さいころから私の家と往復して、家族同様になっている。そうして、いまはKも、私と同じ様に、「生れて来なければよかった。」と思っている。生れて、十年たたぬうちに、この世の、いちばん美しいものを見てしまった。いつ死んでも、悔いがない。けれども、Kは、生きている。子供のために生きている。それから、私のために、生きている。
「K、僕を、憎いだろうね。」
「ああ、」Kは、厳粛にうなずく。「死んでくれたらいいと思うことさえあるの。」
ずいぶん、たくさんの身内が死んだ。いちばん上の姉は、二十六で死んだ。父は、五十三で死んだ。末の弟は、十六で死んだ。三ばん目の兄は、二十七で死んだ。ことしになって、そのすぐ次の姉が、三十四で死んだ。甥は、二十五で、従弟は、二十一で、どちらも私になついていたのに、やはり、ことし、相ついで死んだ。
どうしても、死ななければならぬわけがあるのなら、打ち明けておくれ、私には、何もできないだろうけれど、二人で語ろう。一日に、一語ずつでもよい。ひとつきかかっても、ふたつきかかってもよい。私と一緒に、遊んでいておくれ。それでも、なお生きてゆくあてがつかなかったときには、いいえ、そのときになっても、君ひとりで死んではいけない。そのときには、私たち、みんな一緒に死のう。残されたものが、可哀そうです。君よ、知るや、あきらめの民の愛情の深さを。
Kは、そうして、生きている。
ことしの晩秋、私は、格子縞の鳥打帽をまぶかにかぶって、Kを訪れた。口笛を三度すると、Kは、裏木戸をそっとあけて、出て来る。
「いくら?」
「お金じゃない。」
Kは、私の顔を覗きこむ。
「死にたくなった?」
「うん。」
Kは、かるく下唇を噛む。
「いまごろになると、毎年きまって、いけなくなるらしいのね。寒さが、こたえるのかしら。羽織ないの? おや、おや、素足で。」
「こういうのが、粋なんだそうだ。」
「誰が、そう教えたの?」
私は溜息をついて、「誰も教えやしない。」
Kも小さい溜息をつく。
「誰か、いいひとがないものかねえ。」
私は、微笑する。
「Kとふたりで、旅行したいのだけれど。」
Kは、まじめに、うなずく。
わかっているのだ。みんな、みんな、わかっているのだ。Kは、私を連れて旅に出る。この子を死なせ…