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土鼠と落盤
もぐらとらくばん
作品ID2299
著者黒島 伝治
文字遣い新字新仮名
底本 「黒島傳治全集 第二巻」 筑摩書房
1970(昭和45)年5月30日
入力者大野裕
校正者原田頌子
公開 / 更新2001-09-03 / 2014-09-17
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      一

 くすれたような鉱山の長屋が、C川の両側に、細長く、幾すじも這っている。
 製煉所の銅煙は、禿げ山の山腹の太短かい二本の煙突から低く街に這いおりて、靄のように長屋を襲った。いがらっぽいその煙にあうと、犬もはげしく、くしゃみをした。そこは、雨が降ると、草花も作物も枯れてしまった。雨は落ちて来しなに、空中の有毒瓦斯を溶解して来る。
 長屋の背後の二すじの連山には、茅ばかりが、かさ/\と生い茂って、昔の巨大な松の樹は、虫歯のように立ったまゝ点々と朽ちていた。
 灰色の空が、その上から低く、陰鬱に蔽いかぶさっていた。
 山は、C川の上で、二ツが一ツに合し、遙かに遠く、すんだ御料林に連っていた。そこは、何百年間、運搬に困るので、樹を伐ったことがなかった。路も分らなかった。川の少し下の方には、衛兵所のような門鑑があった。
 そこから西へ、約三里の山路をトロッコがS町へ通じている。
 住民は、天然の地勢によって山間に閉めこまれているのみならず、トロッコ路へ出るには、必ず、巡査上りの門鑑に声をかけなければならなかった。その上、門鑑から外へ出て行くことは、上から睨まれるもとだった。
 門鑑は、外から這入って来る者に対して、歩哨のように、一々、それを誰何した。
 昔、横井なに右衛門とかいう下の村のはしっこい爺さんが、始めてここの鉱山を採掘した。それ以来、彼等の祖先は、坑夫になった。――井村は、それをきいていた。子も、孫も、その孫も、幾年代か鉱毒に肉体を侵蝕されてきた。荒っぽい、活気のある男が、いつか、蒼白に坑夫病た。そして、くたばった。
 三代目の横井何太郎が、M――鉱業株式会社へ鉱山を売りこみ、自身は、重役になって東京へ去っても、彼等は、ここから動くことができなかった。丁度鉱山と一緒にM――へ売り渡されたものゝ如く。
 物価は、鰻のぼりにのぼった。新しい巨大な器械が据えつけられた。選鉱場にも、製煉所にも。又、坑内にも。そして、銅は高価の絶頂にあった。彼等は、祖父の時代と同様に、黙々として居残り仕事をつゞけていた。
 大正×年九月、A鉱山では、四千名の坑夫が罷業を決行した。女房たちは群をなして、遠く、東京のT男爵邸前に押しよせた。K鉱山でもJ鉱山でも、卑屈にペコ/\頭を下げることをやめて、坑夫は、タガネと槌を鉱山主に向って振りあげた。アメリカでも、イギリスでも坑夫は蹶起しつゝあった。全世界に於て、プロレタリアートが、両手を合わすことをやめて、それを拳に握り締めだした。そういう頃だった。
 M――鉱業株式会社のO鉱山にもストライキが勃発した。
 その頃から、資本家は、労働者を、牛のように、「ボ」とか、「アセ」「ヒカエ」の符号で怒鳴りつける訳にゃ行かなくなった。
 M――も、O鉱山、S鉱山、J鉱山では、昔通りのべラ棒なソロバンが取れなくなってしまった。
 しかし、…

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