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筆のしづく
ふでのしずく
作品ID2410
著者幸徳 秋水
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻95 明治」 作品社
1999(平成11)年1月25日
入力者ふろっぎぃ
校正者しだひろし
公開 / 更新2006-03-24 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 近日何ぞ傷心の事多きや、緑雨は窮死し、枯川は絏紲の人となる、風日暖にして木々の梢緑なる此頃の景色にも、我は中心転た寂寞の情に堪へず、意強き人は女々しと笑はん、我は到底情を矯むるの力なし。
 緑雨は病めりき、左れど彼の死せるは病めるが為めに死せるにはあらず、病を養ふ能はざるが為めに死せるなり、繰返していふ、緑雨の死せるは病ありしが為めにあらず、金なかりしが為めなり。
 彼は心やさしく、友に厚かりき、左れど今の世に処せんには彼は余りに正直なりき、余りに男らしかりき、彼は常に曰へらく、「我は武士の子なり」と、然り彼の気質は余りに武士らしかりき、故に餓えたり。
 彼は紅葉君の如く落合直文君の如く、若くば広瀬中佐君の如く、葬式の盛大なることに依りて、其死後を栄せらるゝ程の個人的勢力を有せざりき、又有せんとも願はざりき、彼は文士にして交際家にはあらざりき、去月十六日彼れの知人、駒込の寺に集まりて葬式を挙行すと聞えたり、聊かにても緑雨を知れりと信ずる我は行くに忍びざりき。
 廿一日午後一時、枯川の入獄を送る、日比谷公園を通り抜くれば此処彼処笑語の声うれしげなり、裁判所の石階を上れば一種陰鬱の気忽ち人を襲ふ、垣一重、路一筋の隔ては、直ちに天堂と地獄の差なり。
 構内監倉の入口にて、枯川は、送れる人々を見返りて、「こゝからは本人だけしか入れないよ」と呵々大笑して、フロツク着たる影は、ツカ/\と小暗き廊下に没し去れり、皆相顧みて語なし、彼の手には、「エンサイクロペヂヤ、ヲブ、ソシアルレフオーム」伝習録其他数巻を携へたりき。
 枯川を入獄せしむるは、彼を懲らしめんが為めか、彼を悔ゐしめん為めか、枯川は二ヶ月の禁錮の為めに其説を改むべきか、其筆を折り、其舌を噤むべきか、我は法律を学ばず、法律を知らず、法律の目的、功能なるものに於て甚だ惑ふ。
 二ヶ月の月日、娑婆には短かけれど、囚獄には長し、其間の読書が如何に彼の智識を増益すべきぞ、其間の思索が如何に彼の精神を修練すべきぞ、将た自由なき「理想郷」の観察が、如何に彼のキユリオシチーを満足せしむべきぞ、彼れが二ヶ月の後ちに持還るべき土産は確かに刮目すべき価値あらん、我は彼を傷めども亦た彼を羨まざるにもあらず。
 裁判所の建物の宏壮偉大なるは、吾人平民として見るたび毎に驚嘆せしむ、西川生曰く「此建物が労働者の長屋だつたらナア」と、左なり斯る建物が労働者の長屋となる世なりせば、社会は如何に幸福なるべきぞや、此処の広庭に一株の晩桜咲乱れたるあり、秋水の妻は曰く「こんな処でも花は咲て居ます」と、げに自然は虚心なり、人の楽しむと否とに関せず、依然として美なり。
 二十二日の朝より平民社楼上に枯川が哄笑の声を聞かず、淋しき哉、左れど多忙なる編輯は、此淋しさの真趣をすら味ふを許さゞるを如何にせん。
 上に掲ぐるは緑雨の肖像なり、去三…

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