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月
つき |
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作品ID | 2412 |
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著者 | 上田 敏 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本の名随筆58 月」 作品社 1987(昭和62)年8月25日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2006-11-10 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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むかしより月をめづる人多し。あるは歌に詠じ、あるは文に属し、語をつくして、ほめたゝふ。されど如何なる月をか、いとよしとするにやあらむ。いまだ定まりたる、言をきかず。人々おのがじゝ、好むところあれば此あらそひ、恐くは永劫つきじ。
兼好のほふしは云へり「望月の隈なきを、千里の外までながめたるよりも、暁ちかくなりて待ち出でたるが、いと深う青みたるやうにて、深き山の杉の梢に見えたる木の間の影、うちしぐれたるむら雲がくれの程、又なく哀なり。」と、これも一きは理あるやうに見ゆれど、かたいぢなる論なり。たとへ如何なる月なりとも心ありて眺めたらんには、などてあはれならざるべき。されば茲に四時をり/\の月どもあげてながめ見ばや。
「てりもせずくもりもはてぬ春の夜のおぼろ月夜にしくものぞなき」いとも静けき春の夕、梅が香そよと吹きくる風のまにまに匂ひ、あたりしみじみと見ゆるに、あるかなきかに白うかすみていでたる月影いとをかし。されど桜の花の今をさかりとさきいでたるが、隈なき光にてらされつ、をりから吹きくる風にあへなく花吹雪となる、もろもろのものの常なきもおもひいでられて、なほさら、哀れに見ゆ。
夏の雨のゝちの月こそ見所あれ、槇、しばなんどの、木の葉にきらめきて、こずゑ葉末に真珠の玉見ゆ。まへの池のおもにてる月波、風吹きて水うごくまゝに黄金の糸をしくにさも似たり。汀の草むら、露にぬれはてゝ、うつむき低れたるさまにて水にうつれるが、あきらかなる月の光に、あり/\と見ゆるもおもしろし。納涼はかゝる折こそよけれ。
秋は月の見どきなり。空いと澄みて、一むらの雲なく、夕つ方より東のかたを打ながめてあれば、しばしして山ぎは少しあかり、次第に光しげく、今少しすれば、大きやかなる、少しく赤みかゝりたる月さし昇る。みるまに山ぎは、はなれて中空にあがる、いつしか星のかげうせぬ。光みち/\てすきとほすばかりなり。事古りにたれど白居易の「二千里外故人心」の句よくもいひ出でたりと覚ゆ。よく月みざる人はもはや戸さす比、何くより来にけん、白雲月の前に横り、をりしも雁なきわたる。正にこれ
しらくもにはね打かはし飛ぶかりのかずさへ見ゆる秋の夜の月
あな面白の景色やなど眺めくらす。夜もいたうふけぬ。人定り、あたり静かになり行くにつけ、流の声か、砧のおとか、かすかに聞ゆ。兎角するうち、風さつと吹き来り、今まで知らざりしが、何時か空いとくろうなりぬ。月うせ、星きえ、いと凄じ。忽ちにして、ひぢかさ雨急にふりきぬ。前のさゝ原に玉霰ちり、幾千の軍馬押よすと見えたり。驚きて家に入り、あわたゞしう戸ざしす。雨いよ/\はげしく、雨戸を打ち凄じ。風さへましたるにや後なる丘の木立に落葉しげし。秋の習なればさまで驚くにあれねど、夜すがら、いもねられず、暁近くなりてしばし目どろみぬ。目覚めて窓の戸、おしあけ庭の面見やれば、色つき…